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孤独な中間管理職の悲喜こもごもを紹介するこのシリーズだが、今回は趣を異にする。登場する中間管理職は若干28才、入社4年目。出世が早い。それもそのはずで、紹介するのは社長の息子である。シリーズ17回目、ピップ株式会社 商品開発事業本部 ブランド戦略本部 スポーツライフブランドマネージャー 松浦由典さん。
ピップといえば、『ピップエレキバン』で知られた会社だが、マスク、サポーター、ガーゼ、絆創膏等、日用衛生用品やベビー用品の卸が約1900億円の売上げのうち90%以上を占める。今年で創業112年を迎える企業だ。
今回は社長の息子が中間管理職となり、ブランド確立を目指す奮闘記。松浦さんは自社製品のサポーターを会社の一つの柱となるスポーツライフブランドに育てたいという夢を抱く。ドラッグストアでシェアNo1のテーピングテープと、主に運動の時に使用するサポーターの製品をくくり、“ProFits(プロ・フィッツ)”というブランドで統合することを提案するのだが……。
「こんなんじゃブランドイメージが残りません」
テーピングテープのキネシオロジーテープのパッケージは真っ黄色、片や主に運動の時に使用するサポーターの『ProFits』のパッケージは黒と銀色。まったく違うものをどうブランド統合するのか。まずはパッケージを変えることからだ。マーケティングの部署の課長と話し合いは続く。
「スポーツ感覚を出すのなら、『ProFits』の黒と銀のパッケージに寄せていくのが正解ですね」
「でも、黄色のパッケージをいきなり真っ黒にしたら、お客さんが離れてしまう」
テーピングテープのキネシオロジーテープは売れ筋商品だ。パッケージをいきなりガラッと変えたら商品のイメージが伝わらず、客離れを起こすのではないか。
ドラッグストアによっては、以前のパッケージのものを大量に返品してくるかもしれない。返品は品質管理のため、モノによっては廃棄処分にしなければならない。そんな危惧をデザイン担当も考慮したのだろうか。パッケージをどこまで変えるか。テーピングテープの最初の試作品のパッケージは、上だけが黒くロゴも小さかった。
「こんなんじゃブランドイメージが残りません。パッケージの真ん中ぐらいまで、黒と銀でドーンといきましょう」
「でもね…」
周囲は戸惑ったが、将来的な会社の経営の舵取りというモチベーションを抱く社長の息子は、事前の調査・研究を怠らなかった。キネシオロジーテープの愛用者を集め、半分ほど黒と銀にしたパッケージの試作品を見せると、何の違和感もなく手に取った。それを確かめていた。
体育会系の作法は今後も大事に
ブランドのロゴも大切だ。まず、ブランドの定義をしっかりさせる。「『ProFits』はスポーツを楽しむすべての人から、ケガや疲労の不安を取り除き、健やかに生きる未来に寄り添うブランドです」と、ブランドの定義を明文化した。それをデザイン担当に伝えて、ロゴの作成を依頼する。
新しいロゴを配した新パッケージの『ProFits』ブランドの発売開始は昨年2月。前年比売上アップで、サポーター市場で大きなシェアを占めるバンテリンに追随すべく、手応えは感じている。
松浦由典が今の課長代理に当たるポストに就き、正式に部下を持ったのは昨年の秋だった。『ProFits』を中心に新商品の開発、消費者調査、広告の立案等が仕事だ。マラソンやランニングの実施者は重要なターゲットである。松浦より4才年上の直属の部下は早速、社内の関係部署と交渉し、市民ランナーが参加するマラソン大会の会場で、自社製品を直販できるシステムを作り上げた。
社長の息子は謙虚さを忘れてはいけない。部下でも年上なので基本は敬語、得意先に同行する時の運転は率先してやる。ドアを先に開けたり重い荷物を持ったり、常に明るさも忘れない。身についた体育会系の作法は今後も大切にするつもりである。
トップとしての判断の仕方とは
松浦の直属の上司は50代半ばの本部長である。大手化粧品会社のマーケティング畑に長年いた経歴を持つ。ヘッドハンティングで一昨年、今のポストに就いたのは、会社がマーケティングに力を入れている証でもある。
この上司が来てこれまでほとんどなかった、社長の経済誌等メディアへの露出度が1年間で約30件に及んだ。会社名を世に出し『ピップエレキバン』や『ProFits』等、自社商品の価値を高めていく作戦である。
「ラクビーやアメフト、アイスホッケーとか、テーピングやサポーターをたくさん使うスポーツにサンプリングをして、その世界で『ProFits』をナンバーワンにしていこう」テレビCMのようなお金をかけた大きな広告と、一方ではお金をかけず商品を提供し、地固めをするように、地道にブランドを浸透させていく。二段構えの広告戦略をはっきりと唱えたのも、この上司が来てからだ。
出張経費の承認が少し遅れたり、マメさはいささか足りない上司だが、先日はかなり強い口調で諭された。広告代理店から提案された『ProFits』のプロモーションは、イマイチと思ったが、松浦は了承し上司に報告をした。すると、
「本当にこれでいけると思っているのか?」と問いただされ、「正直、物足りなさを感じています」と、思いを吐露した。そんな松浦に上司は言葉を続けた。
「本当にいいと思っているのなら、失敗しても次に生かすことができるが、時間制限とかで仕方がないと決めたのなら見直すべきだ。それがトップとしての判断の仕方だ。心から納得したことで失敗するのと、なあなあで決めて失敗するのとでは、天と地ほど違うんだ」
経営の舵取りを志す社長の息子だからこそ、はっきりと口にした言葉だと松浦は感じ、ハッとさせられた。
この会社は福利厚生が手厚い。それに応えてなのか、マジメな社員が多い。仕事は一生懸命マジメにするが、決められた枠の外で何か新しいことにチャレンジする、そんな社員は少ない。将来に経営に参画した暁には、社員の挑戦を後押しできるトップになりたいと松浦は思っているが、課題は山積みである。
松浦由典、28才。2年前に結婚した。家に仕事を持ち帰ることが多く、先日も徹夜で資料を作っていると、彼の身体を心配した妻に「そんなに今詰めなくても……」と、泣かれた。社長の息子もけっこう辛いのである。