【リーダーはつらいよ・前編】「どこの中小企業の社長も〝下請けから脱却したい〟〝メーカーになりたい〟と思っています」豊樹脂社長・大山茂樹さん

「リーダーはつらいよ」シリーズ初の社長の登場である。東京都大田区の従業員11人の町工場。社長は文字通りリーダーであり、経営のつらさも身に染みているに違いない。

シリーズ第22回 豊樹脂株式会社社長の大山茂樹さん(47)。3000社ほどの町工場が集中する東京・大田区。豊樹脂はプラスチック板加工の職人だった父親が、1970年に設立した。大山さんは2代目社長である。

プラスチックの曲げ加工をはじめ、切削、組立、接着、溶接を手掛ける豊樹脂は、新型コロナウィルスが大きな影を落とす今年、飛沫感染防止のアクリルパネルの製造・販売をはじめた。JR蒲田駅に近い1階は工場、2階の事務所になっている会社を訪ねた。中小零細企業の現状も含めて紹介する。

これはアクリル板の出番だろう…

プラスチックの曲げ加工を得意とする豊樹脂にとって、アクリル板の加工はお手のモノ。今年の2月中頃のことである。家族で夕食のテーブルを囲んでいる時、何気なくテレビに目をやっていた社長の大山は、思わず箸を止めた。中国・武漢で発生した新型コロナウィルスは、横浜港に停泊するダイヤモンドプリンセス号の集団感染で、その脅威が徐々に意識されはじめていた。

飛沫感染の予防対策が大切で、マスク着用の効果が取りざたされている。テレビのニュースは、マスクの他にオフィスや飲食店では、デスクとデスクを仕切るに衝立のようなものが、飛沫感染防止のために必要になってくるに違いないことを伝えていたのだ。

「事務所の机と机を仕切るのなら、相手の顔が見えないと、コミュニケーションが取りづらい。透明なものじゃないと困るよな」

「どうしたの?」子供の言葉に我にかえった大山は箸を動かしながら、自問自答した。

「透明な衝立といえばガラス製か。いやいやガラスは重いし万一、倒れた時に割れてケガをするかもしれない」ガラスがダメとなると、残された透明な衝立はアクリル板だろう。アクリル板は軽くて割れにくく、値段も比較的廉価だ。大山が経営する樹脂加工の会社は、プラスチックの一種のアクリル板の成形加工を日常の仕事の一つにしている。

これはもしかしたら…大山茂樹社長は漠然とした思いを抱いていた。

折り曲げ加工の技術を生かす

すると3月だった。「あっ、豊樹脂さん?」電話の相手は大田区役所の産業振興協会からだった。翌日、区役所に出向く。

「お宅はアクリル板の加工が得意ですよね」

「ええ、もちろん」

「マスクで飛沫は防げますが、飲食の時は外します。デスクとデスクの間にアクリル板の仕切りがあれば安心なんですが、御社で作れませんか?」

中小零細の町工場を3000社ほど抱える大田区ならではの、地元企業に仕事を捻出てもらおうとする発注だったに違いない。区内にはプラスチックを取り扱う工場が数十社はあるが、フットワークの良さは大山社長の持ち味の一つだ。

「アクリルの板を切断して四方を加工すれば、飛沫防止用のパネルは作れる」

「問題はパネルをどう立たせるかですね」

社員11名の会社で雑談のように開発の話し合いは進んだ。

「もともとうちは、プラスチックの板の折り曲げ加工が得意だ。その技術を応用しよう」

アクリル板を折り曲げ、テーブルと密着する底の面積を広くとった三角形の台を製作。三角形の上部には、パネルを挟むための切込みを入れた。この台を左右に置き、アクリルパネルを設置する。台の底を両面テープで固定すれば安定性はさらに増す。話をもらって3日ほどで、試作品を区役所に持ち込んだ。

「いいじゃないですか」
「これがあればみんな安心して業務に集中できるね」
「1週間後にはセットしたいな」

大山は急速に約270枚の飛沫防止用パネルを製作し、大田区役所に納品した。「飛沫感染防止パーテーション」という商品を出荷したことは、豊樹脂のような町工場にとって非常に大きな意味を持っていた。

製品が持つ大きな意味とは

職人だった父親が独立し、豊樹脂を設立したのは1971年。プラスチックの切削加工の工場は大田区内でも数多いが、平たい樹脂の板にヒーターを当て、軟化させて曲げる工程は手作業が多く、ニッチな世界なのだ。

――これは何に使われるのですか。

私は事務所のショーウインドウに展示されている樹脂を折り曲げた製品を指さした。

「絶縁カバーでしょう。樹脂は電気を通しにくいという特性がありますし、透明ですから中が見えます」

――これは?

「工場の生産ラインの中に組み込まれる、製品を滑らせるためのローラー。うちは小さいものから大きいものまで、数百の加工品を作っていますが、ほとんどはお客さんから図面をもらい、その通りに加工する。使用用途までは教えてくれません」

――つまり出荷するのは部品で、ユーザーに直接使ってもらえるような製品ではない。

「どこの中小企業の社長も、”下請けから脱却したい“”メーカーになりたい“という思いを持っています。でも、自社製品を売り込んだり開発したりするのは、簡単ではありません」

そんな中小零細企業が置かれた状況の中で、大田区役所に納品した「飛沫感染防止パーテーション」は、会社創設以来初といっていいほど、直接ユーザーに届く自社製品ではあった。

大田区役所への納品の当日は、区役所も地場の産業の盛り上げ役を買って出て、テレビ局や新聞各社が取材に駆け付けた。メディアに取り上げられると、問い合わせの電話が鳴りやまない。予想以上の反響だった。アクリル板の隅に小さく自社名を入れたのも、口コミをアシストした。

「“儲かっているよね”とか、最初は知り合いに言われましたけど…」

新型コロナウィルスの特需到来かと人はと思いがちだ。だが、大山茂樹社長の表情はイマイチ冴えないのは、なぜなのか――、その事情は後編で。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama