【リーダーはつらいよ】(前編)”一杯の牛丼を食してくださるお客様”によって成り立つ私たちの商売。メンバーも牛丼の強い絆で成り立っている。吉野家ホールディングス・山岸裕子さん

 上からの指示に、下からの訴え、部下は育てなければならないし、数字を含めて目標を達成するにはどうするか。課長の苦労は絶えない。愚痴は言えない中間管理職。世の中の課長さんは働く現場で何を考え、どんな術を講じているのか。課長職のつぶやきを紹介する。

シリーズ第15回は牛丼の吉野家である。吉野家ホールディングス 株式会社中日本吉野家 エリアマネジャー 山岸裕子さん(43)。石川県金沢市近郊の金沢地区、8店舗を管轄する。直属の部下は8店舗の店長。彼女の“牛丼人生”を織り交ぜながら、中間管理職としての悲喜こもごもの話が展開していく。

肝心要のこと

石川県小松市出身の山岸、商業高校を卒業後、専門学校は中退、何処かの会社の事務職に就き、20代半ばには結婚と漠然と思い描いていた。就職先が見つかるまでと、近所の吉野家にアルバイトをはじめると、それが8年間も続く。

「学生の頃は自分から交際を広げようというタイプではなかったので、アルバイト仲間や社員の人や、お店でいろんな人と知り合えて、楽しかったです」

勤めた吉野家はフランチャイズ店で、フランチャイズ会社の社員も1年間経験。体調を壊して辞めるが、結婚の話も遠のいた時期だった。「メソメソしとらんと、人手が足りんのや、手伝ってくれんか」彼女にそう声をかけたのは、アルバイトの頃の店長で、中日本吉野家のエリアマネジャーの男性だった。2010年に今の会社に入社、店長、地域のモデル店となるリーダーを経て、3年前に金沢地区のエリアマネジャーに昇格した。

最もストレスを感じるのは目標の数字の達成だが、山岸は数字のことを部下にうるさく言わないよう心がけている。大切なのは数字を達成するためのプロセスだ。店長を育成し、サービスの質を高めることが、売上げに結びつくと彼女は考えている。

パート・アルバイト従業員を吉野家ではキャストと呼ぶが、例えばキャストからの不満、あるいは客からのクレームに対して、「忙しいんですから、しょうがないじゃないですか」みたいな言い方を店長にされると、彼女はいささかムッとする。

部下の言葉は“一杯の牛丼を食してくださるお客様”で、自分たちの商売は成り立っているという、肝心要のことを忘れていると感じるからだ。

“肉盛り実技グランドチャンピオン大会”

とはいえ、店長はしんどくて大変なポジションである。店長の経験が長い彼女は痛いほどそれがわかっている。店舗の運営をはじめ、アルバイトの教育、日々の勤務のシフト作り。人手不足がなかなか解消しなかったり。本部からの通知は数多いし、次々に入れ替わる新メニューに対応するのも一苦労だ。

その中でも、知恵を絞って工夫する店長はいる。歳は下だが社歴は彼女よりも長く、複数店の店長を兼任する男性は、新しく担当した店舗の略図を素早く作った。その図を見れば新人キャストでも、新メニューのノボリやポスターを出す場所が一目でわかる。他のスタッフにはなかった発想だ。

ちなみに吉野家では毎年、全国の腕自慢のスタッフによる、“肉盛り実技グランドチャンピオン大会”が催される。店で使う47個の穴が開いたオタマに牛丼のアタマを乗せ、手首を返してご飯の上に盛る。牛丼の並盛りなら肉やタマネギ、タレの量、盛り付ける時の高さも規定があり、絶妙なテクニックが要求される。略図作りの部下はこの大会に何回も出場し、好成績を収めている。

牛丼作りは山岸よりうまい。テクニックを極めた職人肌の部下だが、もう少しキャストに声がけがあってもいいんじゃないかと、彼女は感じている。例えば「聞いたよ、昨日帰りに自転車で転んだんだって。怪我はなかった?大丈夫?」とか、そんな一言が大切なのだ。声がけが少ないと孤立感を抱き、キャストが辞めていく原因にもなる。

同じ牛丼を食べた仲間

かくいう山岸も、自分のコミュニケーション能力にいささか問題があるとわかっている。

「私、思いが先行するタイプといいますか…」喜怒哀楽が激しく、スタッフの前で思わず涙ぐむこともある。先日も付き合いの長いベテランの女性部下と口論になった。リーダーを兼ねる部下は、ある店長のキャストに対する接し方等が悪いと山岸に訴えた。だがその言葉が、山岸にはきつく感じられた。

「そんな言い方ないんじゃない? あなただって、直したほうがいい点はあるよね」

ベテランの部下は、自分なりのやり方があるから譲らない。口論した部下とは長い付き合いだ。お互いに気心が知れている思いもあった。

「あの店長の良い点も認めてあげてよ」どうして私の言うことが、わかってくれないのかという感情がこみ上げてきて、ついウルウルしてしまったという。

「吉野家を辞めます」部下の男性にそう告げられ、辛い思いをしたのはエリアマネジャー1年目だったが、これもコミュニケーション不足が原因だったと山岸は振り返る。部下の男性が休日に来店し、キャストに言ったことが暴言と受け取られ、キャストから「店長を替えてください」と、クレームが入った。

事情は聞いたが、部下の男性に悪気はなかったことは察せられたし、本人にキャストからのクレームの内容を告げかどうするか。上司と相談している時に、その情報が別の人間の口から、本人の耳に入ってしまった。

なんで直接、俺に言ってくれなかったんだ……、部下の山岸へのそんな感じの不信が、辞職まで考える事態になったに違いないと、彼女は落ち込んだ。

結局、その部下と心安いスタッフが、「山岸さんも相当落ち込んでるぜ」とかなんとか、説得してくれ、部下の辞職を思いとどまらせた。吉野家では例えば、社内トラブルでスタッフが精神的なダメージを受けた時など、その人間と気心が知れたスタッフが問題解決の手助けを引き受ける、そんなことがよくあるという。社員の大半は店舗で牛丼を作った経験がある人間たちだ。同じ釜ならぬ“同じ牛丼を食った”そんなスタッフ同士の仲間意識を色濃く感じる。

実は山岸もリーダー時代に休職し、会社を辞めることを真剣に考えた時期があった。以下、後編で。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama