動物園シリーズ(後編)ライオンが大げんかを始めたら動物園の飼育員はどうやって止めるのか?

前編はこちら

動物園の展示動物はどんな飼い方をされているのか。動物に接するのが仕事の飼育員さんに、動物園でしか見ることができない希少動物の逸話をじっくりと聞くこの連載。

開園61周年を迎えた東京都日野市の多摩動物公園。坂道は多いが、上野動物園の約4倍の広さは自然公園を感じさせる。展示動物は野生に近い姿での観察を目指している。

シリーズ15回は百獣の王、ライオンである。現在、多摩動物公園の名物であるライオンバスは運休中。展示施設のリニューアルが進行している。現在、ライオン舎では14頭のライオンが飼育されているが、群れとして展示可能なのは7頭。ライオンたちの飼育を担当する大賀幹夫飼育員は、今年5月からライオン舎を担当している。ライオンの飼育歴8年という、チーターの回に登場した佐々木悠太飼育員の解説を交え、百獣の王の飼育を語る。

さて、ライオン同士の闘争は、群れの中の複雑な“ライオン関係”が原因なのか。

百獣の王は水が苦手

「普段は群れでのんびりと、昼寝をしているライオンですが、ライオン同士の感情的なシコリとかとは関係なく、大げんかは突然起きます。原因は些細なことで、牛骨の取り合いでトラブルになったりとか。メスが中途半端な発情の時に、オスがメスのお尻を嗅いでけんかがはじまるとか。闘争の時は“ウォー!!”と、激しく吠えます。一か所ではじまると群れ全体が触発され、大げんかに発展する。

放飼場から檻に追い込んだり、ライオンにいうことを聞かせる時は水を使います。百獣の王、ライオンは水が大嫌いなんです。以前、真夏に涼しくなればと、ライオン舎にミストを設置したそうですが、一頭もミストに近づかなかったという。水をかけても飼育員を恨まないところが百獣の王らしい。「コラー!!」という飼育員の大声も効果的です。大声の後に水をかけられると思うのでしょうか。ライオンは飼育員のいうことを聞きます。

でも、本当に闘争がはじまったら、大声も水も通用しません。そんな時のために放飼場に隣接した扉の前に、常にサバンナで使うような4輪駆動車が用意されている。大げんかがはじまったら、大けがを負う前に放育場に4輪駆動車で入って、けんかの仲裁をします。

でも、ライオン同士の争いで、ある程度の怪我をするのはしょうがないところもあるんです」(大賀飼育員)

「野生のようにライオンを群れで展示するのは、多摩動物公園の理念です。人間の介入をなるだけ減らした状態で、ライオンが行動できるようにしていますから、けんかで噛まれて傷つくこともあります。でも、ライオンは自己治癒能力が高い。かなり傷を負ってもすぐに血が止まります」(佐々木飼育員)

今現在は仮放飼場だが、リニューアル後の放飼場は今より広い。群れでイザコザが起きてもライオンはある程度、逃げることができるようになる。

食べなくても平気なライオンたちの1回の食事量は約80kgの肉

「ライオンの寿命は約20年ですが、老齢で心身ともに衰えたライオンを群れの中に置くと、やられてしまう。だから隔離しています。サラビはそんな老ライオンで、バックヤードの檻の中で飼育されています。サラビは爪が伸びすぎて、皮膚に刺さり出血する症状があった。その改善のため、麻酔をして治療しました。ところが麻酔から覚めた後、まったく餌を食べない。

『大丈夫ですよ。野生の肉食動物は毎日狩りに成功するとは限らないので、一週間ぐらい食べなくても平気です』と、先輩の飼育員から聞いて、驚きました。そんなに食べなくても平気なのかと。

ライオンへの給餌は2日に1回。主に馬肉と鶏頭で、14頭に1回約80㎏の肉を与えます。

痩せた老ライオンのサラビは1週間を過ぎてもエサに口を付けない。心配しましたが、麻酔から覚めて10日目に食欲増進剤を投与し、11目にようやくエサに口を付けてくれて。ホッとしました。

ライオン舎で拾ったライオンの毛は硬くてゴワゴワしています。もちろん手で直接、そんなライオンの感触を確かめたことはありませんが、個人的にはナナの子供のイチゴが気に入っています。イチゴは人なつっこい。私がバックヤードで掃除をしていると、ネコが喉を鳴らすような声を出して寄ってきます」

ライオンの飼育は2パターンが理想だが…

百獣の王ライオンの飼育も、それなりの問題がある。近年では最大で24頭飼育していたが現在は14頭。そのうち群れで展示できるのは7頭。来年のリニューアルオープンの時には、もう少し頭数を増やしたいと飼育員や関係者は考えている。だが、ライオンの頭数を増やすのは容易でない現実がある。

「国内のライオンの血統は、ほとんど管理されていません。アムールトラと違い国際血統登録もありません」(佐々木飼育員)

14年に九州自然動物園から来園したスパークとジャンプも、九州では繁殖の実績があり、種オスとして期待されていた。だが、スパークの子供は虚弱で育たなかった。

「群れとは別に種オスを飼育し、避妊処置をしたオスを群れの中に置いて、群れを管理する。この2パターンが理想ですが」(大賀飼育員)

現在、多摩動物公園には種オスのライオンは不在である。国際間取引が厳しい状況下だ。外国から新しい血統のライオンが、入園するという情報は今のところない。

「将来的に増やしていくには、どうしたらいいのか、飼育員やライオンの関係者で話し合っているところです。リニューアルオープンの時は、他の動物園からライオンを受け入れることも視野に入れています。できる限り調べて国の内外を問わず、今いるライオンのメスと、血縁関係が薄いオスの個体を入れたいです」(大賀飼育員)

ライオン舎のリニューアルオープンと、多摩動物公園の名物、ライオンバスの運行再開は来年である。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama