【前編】入社4年目社員の本音「砂漠の中から一粒のダイヤを探し当てるような仕事です」協和キリン・吉岡紗衣子さん

あなたの知らない若手社員のホンネ~協和キリン/吉岡紗衣子さん(27才、入社4年目)

いろいろな職種で奮闘する若手社員たちを紹介しているこの企画。今回は「ランダムスクリーニング」という職業に従事している女性である。この仕事は20年先を見据えて、研究に携わる。目先の数字に四苦八苦しながら日々、働く中間管理職や若手社員にとって、そんな研究員の仕事はどう映るのか。

シリーズ第57回、協和キリン株式会社 研究開発本部 研究機能ユニット 創薬基盤研究所 吉岡紗衣子さん(27・入社4年目)。ランダムスクリーニングとは、ある病気の新薬開発において、疾患細胞・組織等の疾患のモデルにいくつもの化合物や天然の物質を、実験室で手当たり次第に作用させ、人体に効力がありそうな物質を探す探索法のことである。

つまり偶然に頼る方法で、見つけられた物質はヒット化合物といって、新薬の第一歩となり、その後なぜ効くのか分析され、光明があると思われるごく一部は、安全性が高まるよう手が加えられ、長い年月をかけて新薬候補となっていく。

そんな研究に携わる吉岡さんは、典型的な理系女子、“リケジョ”である。

ランダムスクリーニングという仕事

世界の飢餓を何とかできないかと、大学は植物関係の勉強をしたいと思っていたのですが、途中からips細胞に興味を抱いて。大学の先生の紹介でips細胞関係の研究所に通い、肝臓の細胞を形成する研究に携わりました。

大学院に残りips細胞関連の研究を続けるという選択肢もありましたが、この会社は基本的に新薬しか扱っていない。研究開発型の企業です。私は研究が好きなので、入社すれば好きなことをずっと続けられると。

配属先は今の部署で、仕事は入社当時から“新薬のタネを探す”ランダムスクリーニングです。この会社には腎臓、がん、免疫・アレルギー、中枢神経と4つの病気に対して、それぞれ研究所があります。それら研究所から例えば、アルツハイマー病は神経細胞が死んでいく病気ですが、それをより効率よく止めるような薬を開発したいとか。次々にオファーが入ります。

新薬の大元になるタネはバクテリアから抽出したものや、アスピリンのような人工的に化学合成したものだったりするのですが、社内には膨大な数の新薬のタネを集めたライブラリーがあります。

私たちの部署の研究員は、その中から各研究所のオファーのコンセプトに適した、将来的に花が咲きそうなタネを見つけるのが仕事です。基本的に一つのオファーに対しライブラリーにある膨大なタネをすべて試してみます。たくさんの化合物を調べることがランダムスクリーニングなのです。

まぐれ当たりを狙う

実験は主に384個の穴が開いた縦9㎝、横13㎝ほどのプレートを使います。そのプレートの穴に機械で、マイクロリットル単位の極小量のタネを一つずつ仕込む。そこにターゲットにした病気のモデルとなる細胞や試薬を入れ、専門の機械で測定する。すると反応があり細胞が増え場合は光が強くなる。光が強くなったタネは使えるかもしれない。実験では広大な砂漠から、一粒のダイヤを探し当てるような、まぐれ当たりを狙うのです。

扱っているのはガン細胞だったり、生物界ない人工的なものだったりするので、実験中は体内に入らないよう手袋やメガネ、マスクをして。実験が終わったものは圧力と熱で細胞等を殺します。

一人の研究員が常に、複数の研究所からのオファーに取り組んでいます。それら一つ一つに膨大な数の物質を実験しますから、そのデータのファイルも膨大になる。ランダムスクリーニングは、新薬の最初のタネを見つける作業ですから、データに間違いがあるとその後の新薬開発にとって大きなミスに繋がりかねない。入社3年目で業務に慣れた頃、私は解析データのファイルの順番を取り違えて登録するミスを犯してしまった。

いい結果が出たタネは再現性を取るため、何度か実験を繰り返すのですが、1回目と2回目のデータがあまりにも違うので、おかしいと気付くことができました。

研究員の魂

ショックでした。私はマジメな性格というか、ミスは許されないと自分に言い聞かせ研究に取り組んでいましたから、落ち込みましたね。周りに迷惑をかけていたかもしれないと。それからは解析したファイルの順番を、他の研究員にもチェックしてもらうようにして。

新薬の第一歩となるヒット化合物と認定するには、再現性が重要になります。時間や日数が変わっても、同じタネを入れたプレートは全部同じ結果にならないといけない。実験の精度を上げる検討をしていた時のことです。あるネタに対し細胞の数は増えたのですが、データの数値が何度繰り返しても安定しない。どうすれば数値が安定するのか。

「小さな差でも気になることがあったら、自分で調べたほうがいい」それは先輩の言葉で。そんな研究員の魂みたいなものに、私も共感していました。

問題は温度か。実験機の中のタネを入れる箱の温度は、細胞が育ちやすい37℃。温まるのは隅からで、その微妙な差が数値を乱しているのか。箱の下に銅板を敷き、温度を均一にする方法を試みましたが、数値は安定しない。温度を変えたり、プレートにタネを仕込む機械を変えたり、プレートに入れるタネの量を変えたり。

そうこうしているうちに、作業で生じる時間差に気がついたんです。つまり最初のプレートを機械に入れデータを取り、次のプレートを機械に入れる時間差が、30秒の時と数分と時とでは数値が違う。時間を置くことでプレートの中の反応が安定し、同時に実験の数値も安定する。1回実験を行って次のプレートを機械に入れるまで、5分ぐらい置く。するとそのタネの実験数値が安定しました。この現象は私が気づいたことです。

日々、このように実験に打ち込むが、まぐれ当たりで新規のヒット化合物を発見する確率は0.1%以下、さらにその中からリード化合物といって、新薬候補化合物になるのは5%以下と言われている。

後編で吉岡さんは、そんな仕事の醍醐味を語る。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama