■あなたの知らない若手社員のホンネ~高瀬法律事務所所属/菊地将太さん(31才、弁護士5年目)~
部下の気持ちがわからないという中間管理職だけでなく、若手社員にも参考になればというこの企画。だが、今回はあまり参考にはならないかもしれない。でもその仕事には興味がある。知っておきたい職種である。これまでバラエティーに富んだ職種に従事する若手社員を紹介してきた「若手社員の本音」。今回は弁護士を紹介する。
シリーズ49回、弁護士 菊地将太さん(31・高瀬法律事務所所属)弁護士資格取得5年目である。菊地さんは法律事務所で働く雇われ弁護士である。新米弁護士にどんな事件が待ち受けていたのか。前編では国選弁護士として担当した、刑事事件の話を主に紹介する。
キムタクのドラマを見て“正義の味方”に憧れて
出身は福島市です。法律の世界に進もうと思ったのは、中学の時に見た木村拓哉主演のテレビドラマの「ヒーロー」ですね。“正義の味方”に憧れました。地元の大学に進学して、公務員になればという親の意見を振り切り、上京して法学部を卒業して。将来への不安はありましたが、法科大学院に進みました。
実家は兼業農家で余裕はありません。法科大学院の月謝とその間の生活費、約500万円は奨学金を借りて。今も毎月、返済しています。2年間の法科大学院を終了して、最初の司法試験に不合格なら就職すると、親と約束しましたから。司法試験の過去の問題を研究して作戦を立てました。
僕の時で合格者は2000人ほど。8ヶ月の実務修習と、2ヶ月弱の研修を経て。検察官への道も考えましたが、弁護士として幅広い事案を手掛けてみたいと、大学の先輩の法律事務所に就職をしました。
国選弁護人を希望する弁護士は、弁護士会の名簿に登録をします。国選弁護人には当番の日に事案があると、弁護士会から連絡があり警察署の留置所を訪れ、被疑者と接見し話を聞きます。弁護士として初めて携わった刑事事件は酔っ払いの不始末でした。酔っ払って羽目を外し、人家の塀を力任せに蹴って壊してしまい、通報され逮捕されたと。30過ぎの男性被疑者は「すみません」と、うなだれている。被害者を訪問し被疑者の思いを伝え、示談交渉をしなければなりません。
「私が担当している何々さんが酔っ払っていたとはいえ、損害を与えてしまい申し訳ございません」
人がしでかしたことに、頭を下げるという経験ははじめてでした。また、被害者の方は「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ」とか、悪者の味方だという、胡散臭そうな目で僕を見るんですよ。
オレは正義の味方に憧れて、法律の世界に入ったんじゃなかったのか……。いや、弁護士は依頼人の味方なんだなーと、そのギャップを骨身にしみて感じたといいますか。
殺人のような大きな事件に、新米弁護士は携わりません。万引きとか簡単な窃盗事件が多いんです。弁当等を常習的に万引きして捕まった40代の男性の弁護を担当した時は、謝罪の文言をしっかりと頭に入れ、被害を受けたコンビニの経営者のもとを訪ねました。
「このたびは申し訳ありませんでした。空腹に耐えられず、つい出来心で万引きを犯してしまい本人も深く反省しております」云々。ところが僕のそんな謝罪が、被疑者の万引きの言い訳をそのまま伝えるかのように、受け取られてしまったらしい。
「ちょっと待ってくれ。事情があったら万引きしていいのか!?」
「め、めっそうもございません…」
「出来心で人のものかっぱらっていいのか!?金返せば済む問題か!」
「……」
「お前のその態度が気に食わねえ。話は聞いてやらん、帰ってくれ!!」
その日は退散しましたが、考えさせたれました。僕の態度が気に食わないから話を聞かない。これはもう被疑者とは関係なく僕の問題だと。交渉態度が悪かったのは自分の過ちですから翌日、被害にあわれた方を再び訪ね、昨日のことを謝りまして。先方もようやく話を聞いてくれて、示談交渉は進みました。
弁護士の醍醐味、それは被疑者を信じること
刑事事件は時間を取られ、コストパフォーマンスが悪い。被害者に謝りに行ったりするのも負担だし、無罪を勝ち取ろうとすると、自分の足で証拠を捜したり。赤字になることもある。しかし醍醐味もあります。
刑事事件も被疑者を信じることが弁護士の仕事で、捜査官に囲まれている中で被疑者の主張を唯一、守る立場です。「私はあなたの味方です。本当のことをしゃべってください」最初に留置所で、アクリル板越しに被疑者と接見した時に、まずそのことを伝えます。
「オレはやっていない、無罪だ!」そう主張する人もいますが、捜査官に「どんなことを自供していますか」とか、探りを入れたりすると、被疑者が言ったことの端々に、ウソが見え隠れしてくる。
「ウソをつかれると、弁護を担当するものとしてあなたをカバーしきれません。私を最大限に使うためにも、真実を言ってください」担当する被疑者にはそう伝えるのですが。
ある時のことです。外国人と偽装結婚の容疑で逮捕された、20代の独身の女性を担当したのですが、「先生、本当のことを言います。私、妊娠しているんです」「えっ…」
被疑者は子供を宿していた。これは体調を優先して、適正な裁判をしてもらえるよう、働きかけなければならない。身寄りがほとんどいない女性でしたが、家の近所に仲良くしている中年の女性がいると聞いて。早速訪問すると、その方は地域の民生委員のような立場で、生活保護が必要な人の手続きの相談等にものってあげている。
「被告人の身元引受人をお願いできませんか」というこちらのお願いを承知してくれまして。出産後は子育ても手伝うし相談にのることもできると。
「でもねぇ、先生もご存知でしょうが、その要請はいささか……」起訴されると留置所から、拘置所に移送されるケースが多い。何とか在宅起訴にしてもらえないか、担当の検察官に要請すると、難しい顔をされました。身元保証人が他人だと、逃げてしまうのではないかと心もとない。「でも、被告人は妊娠している。被告人体調を考慮していただきたいのです」と口説いて。
結局、検察官が在宅での起訴を判断してくれ、被告の女性は執行猶予付きの判決が出て。無事、出産することもできました。
前編は主に刑事事件の弁護を取り上げたが、もちろん弁護士事務所に所属する弁護士の仕事は、ほとんどが民事事件の弁護活動。その割合は国選弁護の仕事が1としたら民事は9である。
お互いの利益がぶつかり合う民事事件には、絶対的正義などない。民事事件の文字通り泥臭い戦いのシーンは後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama