昨今の若い世代はITの殻に閉じこもり、SNSでつながることが主で、体験や密な人間関係に乏しい。ウィズコロナの時代、ますますその傾向は顕著になり、困りものだという中高年の声を耳にする。だが、若い人間も仕事を通して経験を積み、密な人間関係の中で悩み成長している。このシリーズは新人が仕事を通して体験し悩む姿、成長する実感を紹介する。中間管理職世代が、最近の若い世代のやる気を見直すきっかけになる企画でもある。
シリーズ第63回、クックパッド株式会社 マーケティングサポート事業部 営業グループ 村山凌亮さん(26・入社4年目)。料理レシピ投稿・検索サービスで名が知れるクックパットだが、食品メーカーと一緒にレシピを考案し、サイトで紹介する等、広告事業も収益部門の柱の一つである。村山さんは企業の課題に応じたマーケティングの支援を行う事業部に所属している。
興味は多くの人に見てもらうサイト作り
「IT系を志望していました。学生時代に趣味でサイトを作ったのですが、あまり見てもらえなかった。どうしたら見てもらえるようにできるのか。検索順位を上げるSEOとかの技術に詳しくなりたいと。自分のやりたいことを面接でアピールすると、面接官の部長が熱心に聞いてくれて。入社したらすぐに自分の興味のある部署で働けそうだと感まして。実際、その通りでした」
仕事は食品メーカー等に営業し、メーカーと一緒にレシピを開発。それをクックパッドかメーカーのオウンドメディアで配信。商品の売り上げにつなげるのだが、調味料一つをとってもレシピを開発するのは簡単ではない。会社にはこれまでに主にユーザーが投稿したレシピが、320万件ほど蓄積されている。そのデータをもとにどんな時期にどんなワードが流行ったか、最近のトレンドは何かといった知見を行い、「今、ウケがいいのはこんなレシピです」等を、クライアントに提案をする。
先輩からの“鉄槌”
「入社当時は先輩と営業先のメーカーに同行し、資料作成のサポートをしたり、アシスタントをしたり。しゃべりのほうは苦手でしたが、資料作りには自信がありました」
資料作りは得意だが、トークは苦手。そのタイプは、特にIT系を志望する学生に目立つ。
ところが……
「入社1年目の秋ごろ、先輩から鉄槌を下されまして……」
先輩の“鉄槌”はこんな感じだった。
「村上クンさ、売り上げの目標に対して真剣に取り組んでいるの?」
「訪ねる企業の製品がクックパットでどんな使われ方をしているか、資料にまとめて……」「それって、どこか他人事のようなんだよな」
トークが苦手な彼は下準備をして、商談に参加していたが、「キミの言っていることは、わかりづらいよ」30代半ばの先輩の指摘に、彼はこう気づかされた。
自分は業務をクリアするだけで、目標の達成はどこか他人事だったのではないか。
自分が主体的に営業活動をする時期とも重なっていた。さてどうするか。
担当者の興味に合わせた営業トーク
「会社でデータを作るより、外に出て人と話をするほうがいい。1週間に5社訪問する」
まず、彼はそう決めた。訪問した先でどんな営業トークをするか。クックパッドでは御社の製品は、こんな使われ方をされているが、こう使ってみたら売り上げがもっと伸びる、そんなトークはこれまでもしてきたもりだ。
「そこをもう少し踏み込む。相手の業務の領域を意識して話をするようにしました」
それは先輩に教えてもらったことだった。例えば食品メーカーのサバ缶を例に取ると、対応してくれた担当者が宣伝部員なら、「今、炊飯器での調理が流行っています。他社がサバ缶を使った炊き込みご飯のレシピで訴求をしたら、サバ缶の売り上げが伸びたんですよ」
サバ缶の炊き込みご飯は、ビジュアルがイメージしやすい。それが商品の売り上げにつながたという話に「へえ、面白いね」、対応してくれた宣伝部員は思わず身を乗り出す。
大手スーパーの営業企画の担当者の場合は、サバ缶と鍋も売りたい。「サバ缶を使った煮物はどうですか。あまり知られていない鍋を使ったサバ缶のレシピは鍋の訴求力にもなります」
資料はあくまで材料だ。担当者に合わせてどこをピックアップして話をするか。彼が意識したのは、その点だった。
失敗はまだある。入社2年目から一人で営業したが、ある味噌メーカーは業界のトップシェアのメーカーではなかった。
「うちの製品ならではの味噌のレシピを考えてください」一般的な味噌レシピだと、トップシェアの味噌が買われてしまう。例えば有機大豆使用、長期熟成がこの味噌メーカーのオリジナル商品なら、その味噌ならではのレシピを考案する必要がある。そこが要だった。
「没頭しているか?」
持ち帰って、プランナーと打ち合わせるのは、いつもの段取りだ。ところが、レシピ提案までの社内的なスケジュールに気を取られたりして、いつしか要となるテーマが彼の中でぼやけてしまった。
「最初から変わったレシピをユーザーに紹介しても、実践の時のハードルが高いよね」そんなプランナーの言葉に、「いや、でも先方が求めているのは」と、自分の考えを伝えることを彼は逸してしまった。
結局、プランナーやレシピ担当の社員が提案したものは、オーソドックスなみそ汁のレシピだった。味噌汁ならトップメーカーの製品を使ってもいい。このメーカーのオリジナルの味噌を使う必然性はない。
「あれ、うちの製品の特性を生かすような尖ったレシピにしようという話はどうしたの?」「でも味噌汁は大量の味噌を使いますし…」
「そんなことじゃないでしょう。これじゃお付き合いは無理ですよ」
社内的な段取りは踏めていても、これでは仕事にならなかった。
「没頭しているか?」
当時も今も、時として彼はそう自分の中で反芻する。それは以前“鉄槌”やアドバイスをしてくれた30代半ばの上司の言葉だ。
周りを見ることも大切だが、一つの案件に没頭し、テーマは何か、要となるものは何かを深絞りする。それがクライアントに刺さる提案につながるし、的を外さない商談のトークにも生かされる。
“没頭”にはそんな意味が込められていると、村山凌亮は感じている。
後編は失敗の末の成功談と、転職が当たり前のIT関連の業界で、今の会社で汗を流す彼のモチベーションを紹介する。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama