【前編】入社5年目社員の本音「水際で密輸を取り締まる仕事に憧れて…」東京税関・熊田みずえさん

あなたの知らない若手社員のホンネ~東京税関/熊田みずえさん(28才、入社5年目)~

中間管理職も知っておきたい若手社員のモチベーション。本企画は社会人3〜5年目の若手を中心に、仕事についての率直な思いに耳を傾けた企画だ。同世代も興味を抱くところであろう。

シリーズ31回目は、東京税関勤務の公務員である。東京税関 調査部 統括調査官付 財務事務官 熊田みずえさん(28)入関5年目。麻薬等の密輸を水際で阻止する、そんな使命感に燃えるのと同時に、通関に関して申告漏れがないかどうかを見抜く目も養い、輸入者の調査に当たるのも重要な仕事だ。使命感と現実の狭間で揺れ動く、東京税関女性職員の物語である。

かっこいい!水際で取締まる社会の安全

民間企業はどうしても利益重視になります。利益を度外視して、みんなの生活に関わる仕事に就きたいと私は思っていました。国家公務員試験に受かり、説明会でたまたま東京税関のブースを見つけまして。税関の職員が公務員と知らなかったのですが、ブースで職員と一対一でお話をさせてもらいました。女性でしたが、空港で貨物や手荷物の検査する部署の職員でした。

「麻薬や拳銃やニセブランド品も、密輸品を私たちが水際で止めないと、世の中に広まってしまう。税関は最後の砦です」

かっこいいな……、公務員はデスクワークというイメージでしたが、密輸という悪に対して、女性職員の説明からは体を張って阻止するという感じがしました。是非とも東京税関の職員になりたいと。

税関研修所での研修を経て、最初の配属は成田国際空港内の支署でした。大きな仕事は、入国手続きを終えた旅行者の手荷物の検査を行い不正薬物等、社会の安全を脅かす密輸品を水際で取り締まる仕事です。

最終便の到着が午前0時ごろ、早朝便は午前5時過ぎですから、月に何回か泊まり勤務もありました。私の体調面を気遣ってくれた上司が、「新人はまず、職場に来ることが仕事だよ」と、声をかけてくれました。仕事はチームで動きます。新人でも一人抜けると、先輩に迷惑がかかってしまいます。

「ちょっとでも気を抜いて、まっ、いいかと思ったら、不正に国内に持ち込まれる手荷物を止める人は誰もいないんだよ」「熊田さんがお客さんから嫌われようが関係ない。このバッグの中に密輸品が入っていて、それが国内に入ったらどうなるか、常にそのことを考えなさい」チームの先輩や上司のアドバイスは、シビアなものでした。

「例えば靴底に金塊を隠して密輸する場合、遠くから見てもふつうの人と比べて、歩き方がどこかぎこちない。その要領で、まず一般の旅行者を知ることが最初だ。ふつうの旅行者を知れば、挙動不審者が自ずと見えてくる」

これも先輩のアドバイスです。

何より大切な毅然とした態度

どういうものが一般の旅行者の持ち物なのか。ふつうの旅行者を知るためにも、私は検査ブースである程度、入国者にお願いをして旅行バッグを開いてもらいました。到着便の多い朝は検査ブースで入国者のバッグを開くと、お客さんの列ができることもあります。

「急いでいるんですけど……」「何もないことを確認させていただきたいので、ちょっと見せていただけませんか」学生時代は相手にどう思われるかを気にして、キツイ言葉は口にできなかった私ですが、自分が検査をしようと決めたお客さんに対しては、毅然としてお願いする態度を心掛けました。

高圧的な人との対応は経験がありませんが、「なぜ開けなきゃいけないんだ!?」とか、強く言い返してくるお客さんには、チームの先輩が駆け寄ってくれます。一人で対応することはありません。

手荷物の中に輸入禁止のものはないか、また、免税範囲を超える物品がないか申告を促します。多かったのはタバコの申告ですね。国内に居住している方なら、紙巻きタバコの免税範囲は日本製1カートン、外国製も1カートンまで。免税範囲を超えた分は、その場で税金を計算し提示をして、「空港内の銀行で納めてください」と、税金の納付をお願いします。

ある時、明らかにふつうの旅行者より多い荷物を、持ち込もうとする中年の女性がいまして。スーツケースを開くと、ブランド品がザクザクと出てきた。バッグやアクセサー等のお土産も、20万円を超えると税金がかかります。税関の研修ではブランド品の勉強もしましたし、現場での経験でタバコにも詳しくなりました。

「悪いことをしようとする人間は、どこの検査ブースが抜けやすいか見ているんだぞ」それは空港内の税関で長年働く、挙動不審者を見分ける目を持った先輩の言葉でした。制服に身を包み税関の検査ブースに立ちますが、新人に見られないよう背筋を伸ばして。悪質な密輸人は絶対に私の前を通って入国させない。そんな気構えが通じたのでしょうか。麻薬等、社会の安全を脅かすものを、密輸しようとする不審者との遭遇はありませんでしたが(笑)。

この業務に長く携わり、これまで数多くの不審者を見抜いてきた先輩は、覚せい剤を飲み込んだまま、税関を通過しようとした入国者を摘発した事案がありました。またある時は、外国人女性のスーツケースが妙に不自然だとベテランの男性職員が直感を働かせた。

覚せい剤の密輸が発覚すると、空港内はあわただしくなります。当事者が女性の場合、女性職員が立ち会うことになっていて。この時は私が個室で立ち会い、通訳の人が来るまで、スーツケースを日本に持ち込んだ経過を片言の英語で聞き取りました。

「ワタシ、ダレニモ頼マレテイマセン」白人の女性はそう繰り返していましたが。二重底になったスーツケースを解体すると……、透明な袋に入った、ジャリジャリした覚醒剤がワッーと出てきた。

本当にこういうことってあるんだ……。今更ながら自分の職務の重要性を意識した出来事でした。

成田国際空港での水際での密輸の取締りには、誰もが納得する税関職員の使命感を感じるが、輸入者の元を訪れ、関税等の適正・公平を促す事後調査の仕事は、人間臭い仕事である。税金の徴収を促す仕事の中で、熊田さんが時に逡巡する姿は後編で。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama