リーダーはつらいよ】「次の大きな仕事は大阪万博か!職人気質の血が騒ぎます」丹青社・田中勇太さん

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新型コロナウィルス禍で、各職場の課長の皆さんはご苦労されていることだろう。この連載を通して中間管理職の方の責任感の強さ、部下を育てる熱い思いをヒシヒシと感じてきた。ニッポンの課長は大したものである。この連載には、そんな現場のリーダーたちにエールを贈る思いを込めている。

シリーズ第23回 株式会社丹青社 コミュニケーションスペース事業部 プロジェクト統括部 制作部 制作課 課長 田中勇太さん(43)。丹青社は商業空間・イベント空間等の調査・企画、デザイン、設計、制作、施工、運営まで空間づくりのプロセスをサポートする会社。日本のディスプレイ業界の最大手のひとつだ。建築科出身の田中課長、組織上の部下は3名。うち2名は60代と50代の大先輩である。

“サイン”を黙々と制作、その仕事ぶりは一目置くが…

ものづくりといっても工業製品とは違い、ディスプレイは一回ごとにクライアントの希望に応じて、それぞれ異なるものを制作する。だからだろうか、自分の技術に自信を持ち、頑固だが実直、そんな職人気質のスタッフが多いように見受けられる。

前回紹介した60代のベテランも仕事ができるスペシャリストだが、部下の50代のベテランの部下も、“サイン”と呼ばれる看板付け替え工事のエキスパートである。その仕事の優秀さは、誰もが一目置いているが――

このベテランの部下も職人気質で、黙々と仕事をこなしていく。それはいいのだが、いわゆるホウレンソウが足りない。

「資料を作るなんて、面倒臭いかもしれませんけど、僕は社内の人へ報告をしなければなりません」田中はベテランの部下に諭すように説く。彼としては、仕事の進捗状況を上司に報告しなければならない。行政への看板付け替えの申請手続には、社内の法務部や技術部に話を通すことも必要である。

「わかってますよ」と、ベテランの部下は返答する。だが、同じことを5回ぐらい言って、ようやく聞いてくれる感じだ。

ベテランはどんどん仕事を進める。そこで田中は進捗状態を吸い上げて、社内に報告する役割を受け持つ。これも課長の仕事だと彼は思っている。

自分でやってみるプロセスが大切

20代の部下は仕事に意欲的な男だ。例えば野外の仮設のモニュメントに、監視カメラを設置したい。そんな仕事は設備業者と現場に足を運び、アイデアを出してもらい、それをチェックして進めばいい。だが若手は夜遅くまでパソコンに向き合い、監視カメラの設置の図面を自分で描いた。真面目にコツコツと取り組む姿勢は素晴らしい。

だが、効率の面から言えば問題はある。

「でも、若い頃は効率よりも、まず自分でやってみること。それをしないと将来、人がやったことをチェックできません。若手には自分でやるプロセスが大事だと、僕は思っているんです」

仕上がった図面に、アドバイスはするが、そのやり方を変えろとは言わない。自分でやるというプロセスが後々、部下のためになるという課長としての考えからだ。

取材を行った3月初めは、今年最大のビッグイベントに関する、10近いプロジェクトが進行中だった。田中はそれらのチームの取りまとめ役でもある。そのため組織上の部下の他に現在、20名近い部下を率いる立場でもある。

そんな部下の一人に慎重で几帳面な男性がいる。常に先手を意識し仕事を進めるタイプである。お客の信頼も厚い。

例えば「資料は来週までに作ってくれればいいよ」とお客は言うが、彼としては早く完成させたい。そこで自分のチームの部下に、「2日で資料を仕上げて欲しい」と依頼する。その作業に3日かると「2日と言ったじゃないですか」という感じで部下に対し、いささか語尾がきつくなる。

だが、そのやり方は資料を作成する人に負荷をかけることになっていた。

「ちょっと田中課長…」ある日、スタッフからの訴えがあった。

課長たるもの

課長たるもの、部署のすべてのスタッフが気軽に相談できる人でありたい。そのために日頃から「最近、どう?」「ごはんちゃんと食べてる?」等々の声をかけ、たわいもない話をして、できる限りメンバー一人一人の普段の様子を把握している。

直属の部下と、そのスタッフの間に入った田中は、負荷を軽減するために、「その資料作りはこの人にとって、3日はかかる仕事です。だから2日と言わずに完成は4日後にしましょう」と、軌道修正の提案をした。

さらに、「あなたたちはできる人たちなんだから、頼みますよ」という言葉も添える。課長たるもの、人にやる気を起こす言い方を常に考えるべきだと、彼は意識している。

振り返ると心に残る上司の言葉はこれといって思いつかない。だが、入社当時の自分の教育担当だった先輩は厳しく、キツイ言葉も浴びせられた。それをバネに頑張ったところもあるが、部下にああいう言い方はしたくない、そんな思いが田中の胸中にはある。

次は大阪万博か…血が騒ぐ

「結果として、素晴らしいものができる。それがこの仕事の醍醐味です」

そんな彼の中で印象に残るのは、2015年に開催されたミラノ万国博だ。田中は日本館の制作に業務責任者として携わった。“日本の食”というテーマに沿って、工程表通りに演出装置等を作り上げていく。

イタリア人は日本人のように、厳密に工期を守る習慣に乏しい。イタリア・ミラノの現場では、作業の遅れに日本人のスタッフが声を荒げても、イタリア人はどこ吹く風といった感じだ。

工期を守るために人の手配を倍にしてもらいましょうとか、気が長い点が自分の取り柄と自認する田中は、オープンに間に合わせるよう具体的なアイデアを出して、現地の人の理解を得ていった。

日本館がパビリオンカテゴリーの展示デザイン部門の一つで、金賞を獲得したのは嬉しい思い出になった。

「僕はマネージャーであり、プレイヤーでもあります」と彼は言う。

進行中のプロジェクトが気になる。どうなっているのかスタッフに聞くことが多い。課長がいちいち現場に口をはさまなくてもいいじゃないか、中にはそう思っているスタッフもいるだろう。だがこのままポストを上り詰め、マネイジメントに特化していくより、常に現場にいたい。プロジェクトのリーダーでいたいという思いが強い。

次は大きなイベントは大阪万国博かーー。

彼の中の“職人の血”がさわぐ。

田中勇太、43才。楽しみはサッカーをしている中1の長女と、一緒に練習をすることだ。3才の長男にも、サッカーをやらせたい、一緒にボールを蹴りたいと思っている。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama