上からの指示に下からの訴え、部下を育てなければならない立場。愚痴は言えない中間管理職、課長たちは働く現場で何を考え、どんな術を講じているのだろうか。この企画は課長職のつぶやきを紹介する。
シリーズ第14回は小林製薬株式会社 ヘルスケア事業部 マーケティング部 新製品開発グループ グループ長 奥山保雄さん(41)。「あったらいいなをカタチにする」のCMコピーが印象的な小林製薬は、「何よりわかりやすさとアイデアを大切にする会社です」と、奥山さんは言う。
奥山さんがグループ長を務める部署は、社内のアイデア会議を運営し、社内で提案されたアイデアからコンセプトを作り、商品に落とし込む、ゼロから商品を生み出す仕事をしている。
“わかりやすさ”が正義の会社
学生時代は理系で、地球温暖化を研究していた奥山、大学院卒後はメーカー志望で就活。「僕の小さい頃の夢は発明家でした」「何、発明家!夢を実現したいんやったら、この会社が一番や!」面接での社長のそんな言葉が、入社の決め手となった。
入社2年目からマーケティングに携わる。3年前に新製品開発グループに配属になって、まずは自慢話からだ。
一昨年秋に発売したいぼ痔の薬「ヘモリンド」。これまで主流の塗り薬は、外出先でケアしにくい、女性は抵抗感がある。この薬は舌の上で溶かして飲む舌下錠で、いぼ痔を根元から小さくする。彼は絶対に売れると確信した。
「でも奥山、“いぼ痔に朗報”って、パッケージの言葉はどぎつ過ぎるのと違うか」
「パッケージデザインも、いぼ痔や肛門がはっきりわかってナマナマしい、恥ずかしいわ」
会議では経営陣からそんな声が上がった。
「いぼ痔は痛い、お客さんは本当に悩んでいます。恥ずかしさよりすぐにいぼ痔に効くと、パッケージを見ればわかる。絶対買ってくれますよ」彼は声を張り上げた。
「わかりやすさが正義の会社ですから」と、奥山。
“朗報!しつこく繰り返すいぼ痔に!ヘモリンド舌下錠”は、売上げを伸ばしている。
「うちの会社には、アイデアを愛する風土があります」と、この点も彼は強調する。毎月1回全社員がアイデアを入力する“アイデア提案制度”というシステムがある。アイデアは商品のみならず、業務改善提案も含まれる。
開発に携わる社内の各チームは毎月、アイデア会議を行い、そこで生まれたものから、月に1回社長が決裁するプレゼン会議に提案される。
■インスタグラムついて等、学生からの提案
奥山がグループ長に昇進したのは昨年、部下は6名だ。彼はまず30代の女性の部下のことを語る。彼女は自信を持ちきれない面がある。社長の前でプレゼンする時があっても、「そうじゃないですか、こうじゃないですか」という感じで社長に言われると、言葉に詰まり答えきれず自分の考えを伝えきれない。そんな彼女に奥山も積極的な行動を促すと、スーパー銭湯に“小林製薬の健康ヒアリング”のようなブースを出した。
「最近疲れやすい」「食が細くなった」等々、お客さんの話は聞けたが、意見に対して深掘りはできない。そこで次に彼女がやったことは、大学生にターゲットを絞ることだった。
グループ以外の社員の応援も得て、マーケティングを学ぶゼミの学生たちを5人ほどのグループに分け、「何かアイデアが欲しいんです」と宿題を投げかけ、学生と会議を行なった。
学生たちからはインスタグラムに対する提案をはじめ、いろんなアイデアが飛び出した。
「歯に口紅がつかないようコーティングする歯磨きはできないか」
「他人のインスタに映り込んだ時に肌が気になる。何とかならないか」
「汗をかいても、自然にそばかすを隠せるクリームはないか」
「夏はブラに汗がたまる、それを解消する商品があれば」等々。
学生たちと得たアイデアを選りすぐり、社長が決裁するプレゼン会議に提案したものもあった。製品になるかもしれない。ゼミの先生には、「学生が実践のマーケティングに触れる機会を作ってくれた」と感謝された。
女性の部下も会議では社長に対しても前より、言いたいことを返せるようになった。とはいえ今も「これどっちにしましょうか」とか、イマイチ自信が持てず、奥山に聞いてくることがある。実力は認めている。だから彼女にはもっと仕事を任せたい、自分の意見をもっと主張していいと彼は思っている。
かくいう奥山も昨年、課長職に当たるグループ長に昇進した時はいささか戸惑った。
「課長になるにあたって、どう意識したらいいでしょうか」奥山は直属の上司であるマーケティング部長に質問した。すると、「一つだけだね、部下を好きになることだ。それだけだよ」と、助言された。
なんだ、オレは惚れっぽい、人を好きになることには自信があると、上司の言葉で気が楽にはなったのだが。
メンバーより何でも知ってなあかん、メンバーに気の利いたアドバイスをしたろう、課長に昇進した当初は無意識の中にも、そんな思いが彼の中にあった。
「奥山、眉間にシワ寄ってんな」
ある日のことだ。給茶器の前でポンと肩を叩かれ、
「奥山、課長になってからずっと眉間にシワ寄ってんなぁ」と、事業部長に一言いわれた。「そ、そんなことないすっよー」思わず言い返したが、同じ頃にメンバーからも「奥山さん、難しい顔をして歩いてましたね」と、ボソッと言われる。
こりゃあかんなぁ、メンバーも話しかけづらいだろう……。課長たるもの雰囲気を気遣うことも大事なのだ。それからはできる限り暇そうにして、胸を張って笑顔でいることを心がけている。するとメンバーが前にもまして相談に来るようになった。メンバーと話しをする時は作業の手を止め、相手の目を見て集中して話を聞くようにも心がけている。
「最近はいいねぇ」事業部長にそう声をかけられたのは、昨年暮れの飲み会の席であった。
一本気な男だけに、奥山保雄課長と部下とのエピソードは後編も盛りだくさんだ。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama