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このシリーズは中間管理職本人の本音を紹介していく。社内でも孤立しがちな中間管理職だが、働く現場で何を考え、何に悩み、どんな術を講じているのだろうか。
シリーズ第8回は焼酎でお酒を割る、果汁入り炭酸飲料のロングセラー、「ハイサワー」の製造発売元、株式会社博水社 営業部長 伴秀雄さん(64)。江崎グリコに34年間勤務。親の介護のために56才で早期退社。ハローワークを通して、目黒区内に本社がある従業員20名の博水社へ入社したのが2014年。レモンサワーブームの追い風に乗り、17年には主力製品の業務用ハイサワーレモンの売り上げも、首都圏を中心に前年比17%増の約268万本と伸びている。
割り材はお酒と割って、はじめて本来の味になる。仕事にお酒は付きものだが、それとどう付き合うか。60才を過ぎた営業マンもこの仕事でアルコールには苦い経験がある。
最も重要なのは勧められた酒を断わること
直属の上司はオーナーの女性社長だ。入社して間がない頃、社長と一緒に挨拶を兼ね、得意先の酒屋を回った。得意先ではごく当然のようにお酒が振舞われる。1件目の酒屋で、社長と先方の責任者と3人でワインを1本空けた。「実はタイから戻ったばかりでいいものがあるんですよ。東南アジアの名物、メコンウイスキー、飲りませんか」
女社長がめっぽうお酒に強いとは、まだ知らなかった。この後、もう一軒挨拶回りが残っていた。部下としては社長を酔わせるわけにいかない。「いやこれは珍しい。私も若い頃は散々飲んだもんですよ」とかなんとか言いながら、ボトル一本をほとんど伴が一人で飲み干した。
2軒目の得意先での記憶がまったくない。社長と別れ駅のホームのベンチで1時間ほど休んだ。夜も更け深酒をして満員電車に乗るのは辛い。雨の中、会社に戻り営業車の中で一晩過ごした。
以来、得意先での振る舞い酒はほどほどを心掛けている。「もう結構です」と、適量を超える手前でお酒を断わる。それがこの仕事を続けていく上でのコツだと学んだ。
中小企業の管理職はなんでも一緒にやる
前職の大企業で管理職が長かった伴には、部下に接する自分なりの術がある。「どうして?」と続けて4回聞くと、部下に不信感が芽生える。問題を解決したいのなら、部下を追い詰めてはいけない。
「どうしたらいいと思う?」と質問を発し、部下に考えさせ自分も考える。そんな部下への接し方は前職と変わらないが、管理職としての日々の振る舞いは、大企業と中小企業とでは大いに異なると伴は意識している。
大企業は人がたくさんいるので、たくさんの部下を育てなければならない。部下を育てるためには見ていることが大切で、自分でやったほうが早いと思っても、手を出してはいけないことがたくさんある。部下に経験を積ませ、学習する機会を与えて育てるのだ。
ところが中小企業で、そんな悠長なことは言っていられない。人が少ないのだから部下と一緒になって何でもやる。外回りの営業に伴が自ら行く時もある。
「ハイサワーを割る時は、直に氷に注いじゃダメなんです。こうしてグラスの縁から注ぐと、ほらきれいに泡立ちますよね」とか、居酒屋で割り材の実演をしたり。盆暮れの繁忙期は配送も手伝うし、大掃除もみんなで一緒にやる。
何でもやらなければならないし、やらせてくれる。仕事で居酒屋の大将や女将とお酒を飲んだり、前職では出会ったことのない人と仕事を通して知り合えた。彼は今の中小企業の仕事は面白いと、思っている。
サラリーマンとして長年磨いてきたものは何か
これまでのサラリーマン人生で、できる上司は何人か見てきた。取引が少ない量販店に飛び込みで営業をかけ、大きな売上げを作り、さらにその量販企業のOEMの商品まで、納める関係を築いた上司もいた。
「でもな、上司を超えようと考えるな。上司はいずれいなくなる。上司の優れた面は気にせず、自分の武器となる、自分の強みを意識し磨いていけ」
それは前職で先輩に言われた言葉だが、最近、時々脳裏をよぎる。
中小企業で最も要になるのは何か。それは馴染むことだと伴は思っている。会社に部下に上司に馴染んで、みんなと一緒に力を合わせ仕事に取り組む。もしかしたら、それが長年磨いてきた、自分の強みなのかもしれない。最近、そう感じることがある。
「メーカー営業の最終目標は、ファンづくりだ。自社の製品のファンをどれだけ増やせるか」これも、かつての上司に言われた言葉だが、自社製品のファンを増やす努力は、直属の上司である女性社長にはかなわない。
社長は休日でも夜中でも、得意先への挨拶回りを欠かさない。訪問先でお酒が振舞われれば、しっかりと付き合う。伴から見ると相当なオーバーワークだが、オーナーの仕事の仕方は、そういうものかもしれないと思っている。女社長は芸能人にも人脈があり、BS放送の番組に出演したり、会社の倉庫を使ってタモリ倶楽部の収録をしたこともある。これもそれも、自社製品のファンを増やすためである。
年を重ねると、満員の通勤電車が苦痛でならない。彼は65才でリタイアするつもりでいる。それまでに大手の卸問屋への顔つなぎや、40年になるサラリーマン人生で築いた人脈をどれだけこの会社に残せるか。まだまだ、やらなければならないことがある。
伴秀雄、64才、妻と二人暮らしだ。横浜のマンションの同じ棟には娘夫婦が住んでいる。孫にはジイジと言われる身だ。この会社を退職したら、家の近くのスーパーで週に3日ほど働くつもりでいる。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama