「若手社員の本音」シリーズは、中間管理職が部下の若手社員を知るための連載だが、この企画は中間管理職本人の本音を紹介する。上司と部下に挟まれ、孤立しがちな中間管理職は何を考え、何に悩み、どんな術を講じているのだろうか。
シリーズ第9回、ゼブラ株式会社 研究開発本部 商品開発部 課長 平將人さん(43)。ゼブラはボールペンの老舗。平さんは長年、数字を扱う財務・経理系の部署の仕事に携わってきた。彼がそれまでの業務とは真逆といってもいい、開発本部の課長のポストに就いたのは、それなりのわけがあった。
要は筆箱に入る替え芯ケース
ニュージャージーにあるアメリカ支社に転勤したのは彼が26才の時。8年間のアメリカ勤務では中国から製品を仕入れる手法等、徹底した利益率の管理で、アメリカ市場の業績をV時回復させたことは、会社員人生で平が誇れる仕事の一つだ。帰国後は本社ビル7階の予算室に籍を置き、財務経理系の仕事に携わり、3年ほど前に商品開発部の課長に配転になった。
どの業界でもそうだが、ヒット商品を持っている企業は強い。ゼブラで言えば『サラサ』という、水性に近いジェルインクを使ったボールペンのブランドが、それに当たると平は言う。「このボールペンは2003年発売以来、累計で5億本を販売しています。特に女子高生の認知度が高い。100%近い女子高生が『サラサ』を知っていますよ」
サラサブランドの中に、ボールペンの芯が交換できる、『サラサセレクト』というシリーズがある。平は8月に発売予定のヌーピーをデザインした『サラサセレクトスヌーピー』を開発した30代前半の女性部下のことを語る。
その部下は母校の女子高の社会科の授業で月に1回、商品開発の授業を受け持っている。女子高生からいろいろな意見を聞く機会を、積極的に得ている。平はそこを評価している。
「芯が入れ替えられて、いろんな色が楽しめるのはいいんだけど」
「でもかさばるね、差し替えていろんな色を使いたけど、筆箱に入らないもん」
「じゃ、替え芯のケースをコンパクトにして、筆箱に入れて持ち運べるようにしたらどう?」
さて、女子高生とのそんなインタビューでのキモは何だろう。筆箱に入る替え芯のケース、これだ!
部下は女子高生からの不満の声を商品企画に落とし込んだ。これまでにない発想の企画を平も押した。筆箱に入る10種類の替え芯のケースを、中国のサプライヤーに依頼。替え芯を入れるケースの形状、スヌーピーのキャラクターの絵柄を、きちんとケースに乗せる工夫や、ライセンスの基準を満たすスヌーピーの絵柄の色合い等、1年半ほどかけ製品化した。
ゼブラ『サラサセレクトスヌーピー』『サラサセレクトスヌーピー 替芯10本セット』
中国のターゲットは学生
そもそも、平が商品開発部に配転したのには理由があった。その遠因は筆記具業界も輸出産業というところにある。少子化で国内需要は減る一方だが、特に中国はこれから成長が期待できる。支社は深圳と上海にあるが、ゼブラは同業他社に比べ、中国の市場進出が遅れていた。なんとかできないか。
平は予算室の仕事をしながら、中国で勝つためにはどうしたらいいのか、マーケティングプランを作成していた。その背景には議事録担当として役員会に出席し、会社の内情に詳しかったことがあるのだろう。
中国は学生がターゲットだ。中国の学生はシャープペンをほとんど使わない。ボールペンを使って授業の講義を筆記する。中国の学生に特化したポールペン、それが戦略だ。平は自ら商品開発部を希望した。そして中国人の部下と一緒に中国市場を立ち上げていった。
「学生は先生の授業を素早く書きとらなければいけない。中国のボールペンは字がかすれたり、インクがあるのに書ききれなかったり、学生は不満を持っている」
「インクの乾きが早い、ノートが汚れないものが求められている」
中国人の部下とはそんな話し合いが繰り返された。
「カンペイ」をガンガンと
機能性を打ち出さないと差別化は難しい。インクの調合に工夫を加え、競合する日本メーカーより素早く書けてインクの乾きが早く、ノートが汚れない学生が使いやすい製品を目指した。中国向けボールペン『サラサスピーディー』の発売は昨年8月だった。さらに日本向けに開発した商品だが、文字の上から蛍光ペンを引いてもにじまないボールペン『サラサマークオン』も昨年5月に中国で発売した。
中国向けのボールペンとサインペンはヒットしているが、いい製品を送り出しても中国支社のスタッフが売ってくれなければ、売上げには結びつかない。その点、中国人の部下は頼もしい。例えば、中国ではビジネスパートナーと中華料理の円卓を囲み、「カンペイ」とクラスを合わせ、強い酒を何回も一気飲みする文化がある。
平はすぐに酔いつぶれるが、メガネをかけた30代の部下は、「カンペイ」をガンガンやってもビクともしない。ニコニコしている。現地の中国人スタッフには「ブー」、中国語で「兄さん」と呼ばれ、親しまれている。
コミュニケーション能力に優れた中国人の部下だが、都合が悪いことになると時々、日本語がわからないふりをするのはご愛嬌だ。中国でのメインの製品はインクの乾きが早いボールペンと、蛍光ペンを引いてもにじまないボールペンだが、中国人の部下はロジックの組み立てが苦手なのか。時に二つの製品の使用用途を混同して、説明してしまうことがある。
かくいう平も、本社7階の予算室から3階の商品開発部に配転になった当初は、7階から見下ろすような“上から目線”に気づき、反省する出来事があった。以下、後編に続く。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama