前編はこちら
この企画は中間管理職の本音を紹介しようという新シリーズである。社内でも上の声と下の声に挟まれ、孤立しがちな中間管理職。彼らは現場で何を考え、何に悩み、どんな術を講じて日々、仕事をこなしているのか。
シリーズ第5回はパーソルキャリア株式会社 エージェント事業本部 IT・インターネット領域担当マネージャー 松﨑美香さん(34)。彼女の部署は主にIT・インターネットの企業の中途採用の支援をしている。現在、部下は13名。マネージャー職を担ったのは今年4月からだ。昨今の20代の社員の傾向に気づいた松﨑さん。中間管理職として部下との対応の術も、変化していく。
“お前を成長させたい”という上司からの叱責
後編も部下の話からだ。この4月にマネージャーに昇進した松﨑だが、グループリーダーの時も部下はいた。
「転職の候補者の選択肢を最大限にすることは、人材紹介業の仕事ですよね。転職の候補者が、学歴で判断される場合があります。学歴より中身を知ってもらい、採用につなげるようにしたい」グループリーダーの時の男性部下のそんな考えに、松﨑も共感した。
学歴で候補者をスクリーニングする企業も目立つ。「でも、ご指定以外の学歴の人でも、いい人はいますよ。一度、会ってください」部下は企業と交渉し、何人か候補者を集め、人事担当者と面接の機会を設けた。「いや、いい人がいるね」「認識を新たにしたよ」と面接会は好評で、転職希望者も企業にとっても選択肢が増えることにつながった。
彼は優秀な部下だが飲み過ぎる点と、彼の下についたメンバーに、“こうあるべきだ”と、かなり強く接する時があるのが気にかかる。実を言うと、松﨑も部下の悪い点ばかりを指摘し、部下を萎縮させたのではないかという思いがあるのだ。
そもそも、部下の気になる点を指摘するのは、新卒で入社した人材派遣の会社での上司の叱責が、彼女の中でいい思い出として残っているからかもしれない。
前々職の人材派遣会社の時、適した人材がなかなか見つからず、お客への報告が遅れたことがあった。すると当時の上司から、「それってさ、本当にお客様のためになることだっけ!?お前が逃げているだけだよね!?」と、強い口調の叱咤が2時間ほど続いた。だが、松﨑はそのことに嫌な印象を抱いていない。
上司の叱責からは、“お前を成長させたい”という純粋な思いが伝わってきた。この上司は平素から気取らない。「オレは頭が悪いからさ」とか、自分をさらけ出す正直な人で、お客に対しても誠実な対応を心がける人だった。そんな上司だから長時間の叱咤でも、嫌な感情を抱かなかった。この上司が松﨑の一つのマネジメント像につながっている。
部下に対して改善を促すだけではダメ
彼女はマネジメントを担う立場になった時、二つのことを決めた。曰く「一つはお客様に対し、素直に正直から向かい合うこと。もう一つは私自身が転職をして今の会社にいるので、部下をどこの会社に行っても通用する人間に育て上げること」
だが、部下を育てようとするあまり反省点もあった。ある日のことである。腹を割って思っていることを話そうと、グループ内の飲み会があった。その席で「私はどこの会社に行っても通用する人間に育ってほしいと思って日々、接しているんだよ」という話を部下の前でした。帰りの中央線の車内での出来事だ。帰宅方向が一緒だった若い女性の部下に突然、こう言われる。
「私、松﨑さんと一緒に仕事をして、途中から信頼できなくなりました」
「えっ……」ショックだった。その言葉に松﨑はこれまでの部下への接し方を振り返った。
前々職で上司から強く叱咤されたことが、自分の成長に役立ったと、松﨑は思っているが人はそれぞれだ。自分は部下の成長を促すあまり、メンバーのできない点にばかり目が行き、そこを指摘し過ぎていたのではないか。それが、部下を萎縮させることになってしまったのではないか。
例えばその女性の部下は、明るくて元気でお客にも好かれているが、松﨑は足りない点が気になる。「新しい企画にチャレンジしたいです」と言うが、部下はお客の“こんな人がほしい”等の要望を一週間放置していたことがある。
「顧客の課題や宿題をきちんと返すことが、新企画につながる第一歩だよね。そこができていないのに、新しい企画をやりたいなんて言うのは、ちょっとおかしいんじゃないの!?」みたいなことを、いささか強い口調で指摘したことがある。振り返ってみると、そんな感じで部下に接することが多かった。
改善の指摘ばかりして、部下にプレッシャーをかけていたのなら、接し方を変えなければいけない。例えば登録をした転職希望者の相談を聞く役割のキャリアアドバイザーに向け、企業説明会を設定するのは松﨑たちの法人担当の部署だ。部下の中にはキャリアアドバイザーと話をすることが、怖いという若手の女性部下がいる。
「私なんでこの仕事に就いたんだろう。向いてないんじゃないかと思って……」
若い部下は自分の悪い点ばかり上げつらねる。その女性の部下に限ったことではない。それは昨今の若い人たちの一つの特徴かもしれないと、松﨑は感じている。
「でも、十分ではないかもしれないけど、きちんとキャリアアドバイザーに、それぞれの企業の魅力を伝え、説明会に来てくださいとお願いすることができているじゃない」
つまりプロセスを振り返り、ささいなことでもいいから成功体験を確認し、上司である彼女がそれを認め褒める。すると、部下の表情がパッと明るくなることに松﨑は気づいている。
上司のジェネラルマネージャーは、彼女と同世代の女性である。メンバーが希望する成長を叶えてあげたいという思いがひときわ強いのは、人の成長を期待する人材の業界ならではかもしれない。無駄な会議は少ない人だが、上司は定期的に30分以上かけ、50〜60人の部下一人一人の話にじっくりと耳を傾け、一人一人のメンバーの目標設定を常に注目をしている。松﨑にとって上司のその態度からは、学ぶべき点が多い。
松﨑美香、34才。8年間付き合い、昨年結婚したエンジニアの夫は、彼女の一生懸命な仕事ぶりに「信じられない」とつぶやく一方で、「応援するよ」と声をかける。帰宅が遅い彼女に代わり、家事全般は夫が引き受けている。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama