【後編】《リーダーはつらいよ》「同じようにはできません!」「なるほど、部下と一緒にやり教えていくことも中間管理職の仕事だ」楽天・山口高志さん

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上司と部下に挟まれ、社内でも孤立しがちな中間管理職。何に悩み、どんなリーダーといての術を講じているのだろうか。この企画は課長職に相当する管理職の本音を紹介する。

シリーズ第9回は楽天株式会社 事業開発部 オンラインPPAP開発課 シニアマネージャー 山口高志さん(34)。コンサルティング会社から転職し、楽天に入社したのは2016年3月。コスメサブスクの事業長では、クレームの電話対応を経験。事業開発の意味を今更ながら自覚した。

スーパーやドラッグストア等のオフラインでは、誰がどんなものを購入したのかが、わかりづらい。だが、いずれオフラインもEコマースのように、商品の購入者のデータが蓄積されるシステムが整うと確信する山口さんは、2018年3月「Rakuten Pasha(以下・パシャ)」事業を提案。楽天の戦略的案件と評価されるに至るパシャの仕組みは――

厚みのある膨大なデータ

パシャは実店舗のクーポンサービスである。スマホでサイトにアクセス、次々に表示される“トクダネ”と呼ばれる商品をタップ。全国のコンビニやドラッグストア等で、タップした商品を購入。その際に発行されるレシートをパシャッと撮影して送信。するとその商品に表示された楽天スーパーポイントが、ゲットできるという仕組みである。

実店舗でも、商品の値段を必ずしも同じにする必要はない。例えば飲料メーカーが新製品を、お試しで飲んでもらいたい場合、実店舗で購入しても、パシャのユーザーにはポイントバックで値引きすることが可能だ。

さらに、例えば100ポイント獲得のウナギをタップして、近所のスーパーで購入する。スーパーではウナギだけでなく他の日用品等も購入する。送られてきたレシートには他に購入した商品も明記されている。100ポイント獲得でウナギを購入した人は、こんなものも購入していると、レシートを見れば一目瞭然だ。

中には300ポイント獲得できないと、ウナギを購入しない人がいる。そんなユーザーがウナギを買った時のレシートと、100ポイント獲得で購入した人のレシートでは、自ずと購入する商品が違ってくる。

それらを楽天が持っているIDとヒモづけることで、リアルで購入したデータが加わり、内容に厚みが増す。それら膨大なデータは、マーケティングの基盤として企業に提供できるものだ。

山口が提案したパシャは、スーパーやコンビニ、ドラッグストア等、オフラインで購入したユーザーの傾向がわかりづらいという壁に、一つの風穴をあける試みであった。

ディスカバリー体験への工夫

社内にはやりたいことを提案し、有志の人たちで事業化する、社内ベンチャーの仕組みがある。「わかりにくいオフラインのユーザーのデータを読めるようにする、新しい試みなんだ」そんな山口の言葉に、「面白い、一緒に事業をやりたいね」というスタッフが、6名集まった。

是非とも事業化したい。社長や副社長に対しての3分間のプレゼンで、山口はパシャの事業メリットを力説。事業の立ち上げに必要な投資の了解を得た。

パシャの事業化が決まり、彼はシニアマネージャーに昇進したが、部下というより事業化に向けてのチームメンバーだ。メンバーは他の仕事も兼務しながら、パシャの仕事に集中した。ユーザーにどんな価値を提供するのか、女性スタッフは画像の構成やデザインをどうするか等、先頭になって取り組んだ。

「ポイントの数が多い順に並べるのは、よくあるけど」

「技術的にはできますが、ユーザー体験としてお得な感覚より、ワクワクドキドキする、ディスカバリー体験が大事ですよね」

ポイント数の多い順に並べる形にはしない。その代わり表示するトクダネに時限制を持たせる工夫をした。

「今日は何が出てくるんだろう。あれ!?今日はポテトチップスが30ポイント!」みたいな驚きを意図的に作れば、パシャに毎日、目を通すことにつながる。レシートを送信できる期間は画面をタップし、トクダネをゲットしてから3日以内等、パシャの設計を練っていった。

画像の中身やデザインが整うと、コーディングなどを行うエンジニアに渡される。デザイナーもエンジニアも山口曰く、「パシャのスタッフは社内で5本の指に入るほど優秀」と評価する。だが、一人一人は秀でていても、自分と同じレベルで仕事ができるスタッフを育て、一緒に事業を立ち上げるようなことができるかどうか。

「みんな山口さんじゃないんです」

山口も自分自身の足りない点に気づいている。パシャのテストマーケティングで、キャンペーンを行なった時のことだ。画面は仕上がっていたが、裏側のシステムが開発途中だった。それが原因で、ユーザーから送信されてきた2万3千件のレシートを、スタッフ全員で1週間かけ、目視で処理をする事態となってしまった。

「行ける、大丈夫だ、何とかできるんじゃないか!」そんな思い入れが強い分、機能に不安があっても突っ込んでしまう。ブレーキをかけなければいけないのに、度が過ぎてしまう。失敗する時はそんなパターンが多いと、山口は自覚している。

「それじゃ、みんな付いていけないよ」時にはパシャのメンバーの中で、ブレーキ役のスタッフが彼に声をかける。

何のために提案しているのか、メンバーに伝わっていないのではないか、そんな時、彼は自問自答する。

「みんな山口さんじゃないんです」それは前職の部下の言葉である。彼は部下に任せ、考えさせるタイプだ。自ら考えてやれる人ならそのやり方が通用するが、考えが及ばずに何もできない部下もいる。任せるだけではなく自分がある程度、部下と一緒になってやることも必要なのかと思っているが――

「オフラインという領域において、コアになる可能性があるから、まずは事業を大きくしろ。大きく仕掛けていい」それは先日、上司である副社長から、発せられた言葉だ。

正直に言うと、人、物、資金、それら経営資源をもっと自分に権限移譲してほしい。個人的に反省すべき点は、多々あると自覚しているが、彼のパシャを推進する姿勢は今、拍車がかかっている。

山口高志、34才。妻と二人の娘がいる。7才になる上の娘には週5回、フィギアスケートを習わせている。さすが高級取り、そんなこちらの言葉に、「かなり無理してますよ」と、彼は笑顔を向けた。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama