動物園の生き物はどんな飼い方をしているのだろうか。動物のことをもっと知りたい。日々、動物に接する動物園の飼育員さんに、じっくりとお話を聞くこの連載。動物園の動物の逸話を教えてもらおうというわけである。
今年開園61周年を迎えた東京都日野市の多摩動物公園。上野動物園の約4倍という広さは文字通り自然公園である。極力、柵を排した展示は、野生に近い動物を観察することができる。
シリーズ第13回はアムールトラである。ネコ科に属し、生息域はロシアと中国東北部の国境を流れるアムール川やウスリー川周辺のタイガだ。オスの個体は体長およそ2.5m体重300㎏を超える。肉食で野生ではイノシシやシカ等を捕食する。動物園での寿命は約20年。現在、多摩動物園では今年1月29日に生まれたショウヘイを含め、4頭のアムールトラを飼育している。
モグラの回でお話を聞いた飼育員の熊谷岳さん、「大きな動物の飼育を経験してみたい」という希望が叶い、飼育員になって3年目に多摩動物公園に異動して以来、アムールトラの飼育を19年間担当する。異動した当時のトラ舎には、繁殖のためドイツの動物園から来園した、ビクトルとアシリのペアがいた。
要になるのは人間の飼い方
アシリは延べ3回、3頭出産したんですが、親の手で無事に育ったのは今、園にいるシズカだけです。先天的に障害を持った生まれた個体もいて。トラは1回の出産で、2〜4頭生むのがふつうですが、1頭だけというのも異常でした。アムールトラの繁殖は相性があるから難しいという人もいますが、野生では生息場所で出会えるメスは限られている。
相性じゃない、要は我々の飼い方に問題があるのではないかと。全世界の飼育されているアムールトラの総元締めのような役割を担っているのが、ドイツのライブチヒ動物園です。そこにはアムールトラの国際血統登録がある。飼育されているアムールトラ一頭ずつに、管理番号が付けているんです。これまで飼育されたアムールトラの記録をたどっていくと、ビクトルとアシリは血縁が濃いことが分かった。
では、国内のアムールトラの状態はどうなのだろうか。当時組んでいた飼育員と、ライブチヒ動物園が公開しているアムールトラの台帳から、個体番号をエクセルに入力して血統図を作り、近親交配の度合いを表す近親交係数の数値を出していったんです。当時、国内の動物園にいた50数頭の個体のうち、30頭ぐらいの血統図を作ってみた。するとかなり血統の偏りがあると分かりました。
血統登録をはじめたのが1950年代で、当時は世界的に産めよ増やせよで、兄弟や親子とかあまり関係なく掛け合わせていた。同じ個体ばかり繁殖させていたせいで血統がかなり偏っていました。僕はアムールトラの繁殖検討委員だったので、この状態はまずいと国内の関係者に現状を訴え、繁殖計画会議も立ち上げたりしたんです。
でも、アムールトラの場合、保護された野生の個体が定期的に動物園に入ってくるんですよ。そのおかげで世界全体を見た時、血縁的な多様性はわりといい状態に保たれています。06年当時も、釧路市動物園にロシアから来た血統いいペアがいたんです。僕らもなんとか繁殖させたいと、アドバイスを送リましたが結局、3頭出産して先天的な障害があったりして思うように行かなかった。そこで釧路市動物園にいるアムールトラのオスを、うちで借り受けることはできないかと。
しっかり者のシズカ
「半年あれば十分です」当時、短期レンタルの例はあまりなかったのですが、うちの動物園の上の人を説得しまして。釧路市動物園で飼育されているリングという、オスのアムールトラを1年契約で多摩動物公園に借り入れたんです。当時、ビクトルもアシリも他の動物園に移動して、2頭の間に生まれたシズカというメスを1頭だけをうちで飼育していて。
当時3歳のシズカとリングをペアリングさせたんです。シズカは2010年の7月、無事3頭の赤ちゃんを出産しました。1頭は死んでしまい、もう一頭のメスは北海道のおびひろ動物園に移動して、残りの1頭が今、うちのトラ舎で飼育するアイというメスです。
アムールトラは集団で生活する習性がなく、他の個体の育児を見て学習することができない。なめすぎで子供が死んでしまったり逆に育児放棄をしたり。単独で生活するネコ科の動物は、初産で失敗することが多いと言われています。
でも、シズカは初産にもかかわらず落ち着いていました。7月に出産しましたが、暑い時は部屋から外に出て、グテーと横になって。赤ちゃんがギャーと泣いたら“しょうがないわねー”という感じで、赤ちゃんのそばに戻って。シズカの子育には余裕を感じました。
そもそも、シズカの母親のアシリが他の動物園に移ったのは、シズカが1才になってすぐでした。シズカは母親のアシリを探して、外の展示場に出すと、ウォンウォン寂しがって鳴いていました。そこで海に浮かばせるブイに穴を開け、中にエサの馬肉を入れて与えたり、段ボールの中にエサを入れ、段ボールを壊すことに熱中させたり。寂しさを紛らわせ、トラの狩猟本能を刺激する工夫をして育てました。
なぜ、アルチョムは何もできないトラになってしまったのか
シズカを育てる上で一番気をつけたことは飼育員との関係性で、甘やかせて育てると依存心が強くなり、自立心が育たなくなる。そんなダメなトラにしないよう叱る時は大きな声でビシッと。人と甘ったれた関係にならないよう注意をしました。
いろいろと刺激を与え育てたシズカは、考える力があります。僕に寄りかかることがなく、気に入らないとシャーッ!!と声を上げて怒る。野生動物と人間と距離はきちんとしていますが、その上でシズカと僕の間には信頼関係があると感じています。
さて、多摩動物公園のトラ舎としては新しい血統を入れたいので、海外からアムールトラを入れ、年頃を迎えたシズカの子のアイと、繁殖をさせたいと考えていました。ところが海外からの動物の搬入は難しく、なかなか実現しなかったんです。ドイツのベルリンの動物園から、1才8ヶ月のアムチョムが来園したのは17年1月でした。
このアルチョムが何もできないトラで。欧米の動物園は野生動物の飼育について先進国と言われていますが、アルチョムを見る限り一概にそうとは言えないと思いました。外に出そうとしても怖がって、部屋の移動もきちんとできない。新しいものはすべて怖がる。向こうでは人に慣らす飼い方をしていたのでしょう。人への依存心が強い。あそこまで何もできないトラにしたのは、ドイツの動物園の飼い方が良くなかったと思わざるを得ませんでした。
後編ではこの何もできない困ったトラ、アルチョムが飼育員も驚く予想外の“活躍”をしていく。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama