【動物園・後編】24時間ずっと子供に寄り添う多摩動物公園のマレーバク「ユメ」の優しい子育て

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動物園のシリーズ、第17回目はマレーバクである。インドネシア・スマトラ島、タイ南部、マレーシア、ミャンマーの河川や沼地のある熱帯雨林に生息。体長180〜250㎝、成獣の体重は250〜540㎏。白と黒の帯状の模様は夜間、白色が際立ち輪郭が不明瞭になり、捕食者に発見されにくくなるからと考えられている。現在、多摩動物公園には6頭のマレーバクが飼育されている。

学生時代、動物の看護を勉強したマレーバクを担当する齋藤麻里子飼育員、これまで多摩動物公園と上野動物園で、トナカイ、レッサーパンダ、ユキヒョウ、アシカ、マレーグマ、コアリクイ、モウコノウマ等の飼育を経験した。マレーバクは4年前から担当する。

飼育にあたっては、担当の動物とより深い信頼関係を作ろうと努力する齋藤飼育員。飼育員と動物の信頼関係は、動物のストレスを軽減させて出産後、お母さんが神経質になるのを抑え、より良い子育てに繋がっていくと考えている。ユメは昨年11月27日にメスを出産。現在、3回目の子育て中である。

「もうすぐ赤ちゃん生まれるよ」

ユメの3回目の子育ては今、室内の展示場で見学できますが、最初の出産の時は今と違いユメが警戒して、子供をお客さんに見せないようにガラス側にお母さんがいて。時には立ち上がって、お客さんを威嚇していたそうです。

昨年11月の出産の時は、ユメとの距離感が近くなっていました。普段は部屋の掃除やフンの始末やエサ作り等、仕事の合間の限られた時間で、それぞれのバクにブラッシングをするので、1頭につき1週間に1回程度です。でも出産前のユメには、いつもよりひんぱんにブラッシングをしました。

動物は「もうすぐ赤ちゃんが生まれるよ」という感じで、こちらに知らせてくれます。ゴロンと横になった大きなユメに、ブラッシングをしていると、出産日の前日におっぱいから黄色味を帯びたミルクが出ていた。

「もうすぐだね、元気な赤ちゃんを産むんだよ」手に持ったブラシで撫でながら、ユメにそんな声をかけました。バクはおおむね安産なので、昨年11月の出産の時も夜のうちに子供は生まれました。

「子供が生まれて嬉しいですか」と、よくお客さんに聞かれますが、不安のほうが大きいですね。でも大丈夫。お母さんも元気だし、子供もすくすく育っています。生まれた時の赤ちゃんの体重は11㎏でしたが、今は私より重たいですよ。

健康状態を確かめるため、給餌の時に赤ちゃんに触っています。バクはあまり目が良くなく、大人のバクの目は濁っていますが、子供はきれいな瞳をしている。

バクにも嫌いな音がある

昨年出産したユメの子供のお父さんは、ケン(8)です。ユメが妊娠してからもケンはユメと仲良くしていて、出産間際まで日中は同居させ、夜間は格子ごしに隣り合った部屋で過ごさせました。

ケンはメスには優しい一方、大人のオスに対しては攻撃的です。バクは単独で生活する動物で、1頭ずつ放飼場に出しますが、オスのダイフク(21)とケンを隣合わせた放飼場に出すと、ケンが猛烈な唸り声を上げる。ですから、オスの2頭を隣同士にはしません。

ケンもダイフクも給餌の時など、ブラッシングをしてほしいと、私にアピールしてきます。バクをブラッシングすることで、見た目ではわからない健康状態を知ることができるのですが、触る時は常に緊張感を持っています。バクは犬歯があるので、噛まれたらかなりのケガになるでしょう。

信頼関係を感じ大丈夫と思っても、突然の物音で反応することがあります。バクは絶対にダメな音があって草刈機と、マジックテープをビリビリと剥がす時の音。ブラッシングする時は飼育舎の周囲で芝刈りをしていないことを確認して、携帯の入った袋のマジックテープは絶対に外さない。撫でている時にバクが音に反応しても、こちらがびっくりしないことが大事です。

ユメに2回目の出産、「ソラ」は……

人のことを受け入れやすいマレーバクですが、仮に動物園以外で飼おうとした場合は難しい動物です。メインのエサは干し草ですが、ヤギやウマと違い、硬い干し草とか美味しくないものは食べない。他にはリンゴ、ニンジン等、大きな体を維持するために野菜や果物をたくさん食べます。他園の例を見ると、バクは具合が悪くなると2〜3日ですぐ死ぬことがありますし、健康に生活させることは簡単ではありません。

以前、お母さんたちの前で動物の子育てについてお話をする機会があったのですが、「動物のお母さんは、子育てだけしていればいいから楽ですよね」という声がありました。人間のお母さんは子育て以外にも家事をしたり、やることがたくさんあるという意味なのでしょうけど。

動物のお母さんは、24時間子供から離れられません。ユメなら1年間はべったり子供のそばにいる。人間のお母さんのように保育園に子供を預けたり、誰かに助けてもらうことはできません。子育てはすべて自分一人でやる。その意味ではすごいと思います。

実はユメは17年10月に、2回目の出産を経験しています。メスが誕生しました。私たちの“ユメ”が“ソラ”いっぱいに広がるように、「ソラ」と名付けました。

そのソラが死んだのは3ヶ月後でした。昼間、放飼場で倒れていて、予兆もなく急に心臓が止まってしまった。原因はまったくわかりません。

毎日、しっかりケアしてきましたし、できる限りの飼育をしてきましたから、飼育係の私はソラの死を受け入れることができましたが……。

お母さんのユメは、いなくなった子供を探して、落ち着きがなく何日間かずっと鳴いていた。それを見るのが辛かった……。

昨年11月、ユメの3回目の出産で誕生した子供に、「カナエ」と名付けました。「ユメ」を「カナエ」る。健康に大きく育って欲しい、そんな私の願いを込めて命名したのです。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama