【後編】多摩動物園の飼育員に聞く知られざるキリンの生態(2018.06.17)

動物園を100倍楽しむ方法】第三回 キリン

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動物が大好きだから、もっと動物園の生き物について、いろんなことを知りたい。身近な動物園の生き物のトリビアを聞きたい。みんなに動物のことを伝えたい。それには動物園の飼育員さんに聞くのが一番だと考えたのが、この企画である。みんなが知らない動物園の動物の逸話を、飼育員さんに教えてもらおうというわけである。

東京都日野市の多摩動物公園は、上野動物公園の約4倍という豊かな自然環境。柵を使わない形での動物の展示が基本だ。今回は多摩動物公園でキリンの飼育を担当する飼育展示課、アフリカ園飼育展示係の齋藤美和さんに、キリンとの逸話を聞いた。

キリンは群れで生活をする動物だ。多摩動物公園で現在飼育されているキリンは、15頭と日本の動物園で最も多い。その繁殖数は国内の動物園で第1位。日本の動物園へのキリンの供給基地的な役割を担っている。

ヤンチャなユリネにちょっかいを出されながらも、齋藤さんを守ってくれたアミ。そのアミが出産を迎えるが、なぜ11才まで彼女は子供を授からなかったのだろうか。

■「ジル、優秀だね」

うちで生まれたオスのキリンは他の動物園に婿入りします。成獣のオス同士を一緒にするとネッキングと言って、メスをめぐって首をぶつけ合って争うので、キリンの群れにオスの成獣は一頭だけです。ジルは今、群れの中にいるオスの成獣です。前にいたオスの成獣が死んだ2年ほど前、私がキリンの飼育を担当するようになった同じ頃に、埼玉の動物園から多摩動物公園に来ました。

「優秀だね」と、私たち飼育員の間でジルはすこぶる評判がいい。前にいたオスの成獣のカンスケは選り好みをしたんですよ。なぜアミが10年間も妊娠しなかったかというと、アミが発情してもカンスケが寄り付かなかった。その点、ジルは選り好みをしません。常にオスとメスは運動場でも部屋の中でも、一緒にしていますから、四季に関係なく発情したメスには分け隔てをしない。

オスの成獣のジルは、ヤンチャというか。普段は他のキリンと同様に温厚ですが、発情したメスに近づく時、ジルは「ウ〜ウ〜」鼻を鳴らしてうなり声を上げ、大人も子供も関係なく蹴散らすんですよ。周りに他のキリンがいるのをイヤがるんです。キリンが唸り声を上げるのは珍しいのですが、ジルのその声を聞くと、「またはじまったな」と私たち飼育員にはわかります。

ジルが来てから、繁殖数も飛躍的に伸びました。ユリネから私を助けてくれたアミは11才と初産としては高齢でした。でも案ずるより産むが易かった。アミがメスのアイを出産したのは昨年11月。最初に前足、次に頭が出て肩まで出たらポトンと落ちる。お母さんは子供をなめて、足で軽くコンコンと触り立とうとするのを促します。
30〜50分で赤ちゃんキリンは立ち上がり、子供はお母さんのお乳を飲みはじめます。アミの子供のアイを含めて、昨年10月から今年4月までに、5頭のメスのキリンがジルの子を出産しています。

運動場の掃除をしている私に寄ってきて、「コラッ!」と、怒っても離れず私を困らせたヤンチャ盛りの若いユリネは、他のメスの出産に興味を持っていました。産室から離れるように促しても、近くでジッと他のキリンの赤ちゃん誕生の様子を見つめていた。ヤンチャなユリネは母性本能が強いのかもしれません。

そのユリネもジルの子を身ごもり、昨年10月にオスのジュリーを出産しました。ヤンチャ娘のユリネは、今や堂々としたお母さんです。もう私にちょっかいを出してくるようなこともありません。

■はな子の死とユリアの子供の誕生

15頭の群のまとめ役といえばノゾミです。キリンの寿命は25才前後と言われていますが、ノゾミは25才、群の中では最長老です。ノゾミは穏やかな性格で、隣接する工事中のライオンの展示舎の騒音に驚き、走り回るキリンがいても、ノゾミが悠々とエサを食べている姿を目にして、群全体は落ちつきを保っています。

出産を控えたキリンは産室への隔離を徐々に慣らしていくのですが、最初はノゾミをエサで誘導して産室に入れます。群から離れることを不安がるキリンは、ノゾミが産室に入ったのを見て、ノゾミと一緒ならと産室に入ることに慣れていくのです。

一昨年、そのノゾミが妊娠したのは、飼育員の私たちにとっては想定外でした。同じ高齢出産でもアオイは出産の経験が豊富ですが、「ノゾミは何年も子供を産んだことがないし、子供を育てた経験もない」と、先輩に聞かされていました。いよいよ破水の時を迎え、通常の出産は1時間ぐらいですが、ノゾミは3時間ぐらいかかりました。赤ちゃんは60〜70kgぐらいですが、ノゾミの子供は40kgと小さかった。ノゾミは出産の後、疲れたのでしょう、呆然としていました。

なんとか生きてほしい、祈る気持ちでしたが、赤ちゃんは立つことができず、出産から二日後に死んでしまいました。自分で立ち上がりお乳を飲むことができなければ、キリンは生きられない。悲しかった、でも仕方がないことです。

現在、6才のユリアはお母さんの育児を受けることができず、私がキリンの飼育員になる前に先輩たちが人工哺育で育てたキリンです。一昨年ユリアは初めて子供を授かったのですが、果たして人工保育で育ったユリアは、自分で育児ができるかどうか。ユリアの出産は産室に誘導する間も無く、運動場で始まりました。とにかく母子だけにしようと男性飼育員たちが、生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて産室に運んで。

果たしてユリアは授乳できるのだろうか。運動場で出産したユリアは、びっくりしたのでしょう。なかなか赤ちゃんに近づかない。「もうダメだろう、これは人工哺育だ」「いやもう少し待ってみよう」飼育員たちが固唾を飲んで見守っていると夕方、ユリアは赤ちゃんに授乳をはじめました。それは「私が育てる」というユリアの意思表示でした。

実はユリアの出産の時、休日だった私は、井の頭動物園で6年間世話をしたゾウのはな子の最期に立ち会っていました。はな子は気難しいゾウというイメージがありますが、私にとってのはな子は甘えん坊で、熊手で背中を掻いてやると、気持ち良さそうな仕草をしていた。

はな子の死とユリアの子供の誕生が重なります。死があって誕生があって、それがずっと続いていく。動物園の飼育員をしていると、生き物の世界の掟が実感できる気がします。

誕生した赤ちゃんをお母さんは舐めたり、足を軽くコンコンとして立ち上がるのを促すと、赤ちゃんは生後30〜50分で立ち、お母さんのお乳を飲みます。現在15頭のキリンを飼育しています。国内の動物園でキリンを10頭以上飼育しているのは多摩動物公園だけ。また、2017年に4頭の子が生まれ、2018年も4月に1頭生まれていますので、たくさんの子どもキリンが見られますよ。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama