【動物園・前編】「動物の死、それを飼育改善にどうつなげるか、飼育員に問われている」多摩動物公園・渡部浩文園長

開園62周年を迎えた多摩動物公園は上野動物園の約4倍の広さである。広い園内では森林浴を兼ねて展示舎を観て回れる。動物園のシリーズ、第20回は都立多摩動物公園の園長を紹介する。渡部浩文園長(52)、獣医師である。

現在、都立動物園の飼育に携わる職員は、公益財団法人東京動物園協会が採用するケースがほとんどだが、以前は都庁が動物園の職員を募集していた。「僕の時は動物園関係の募集がなかったので」渡部園長は東京都衛生局生活環境部に採用され、狂犬病予防・動物愛護及び管理に関する業務、食品衛生関係業務等を担当。

01年に管理職試験に合格。都庁の他の部署の課長職を歴任し、11年8月に多摩動物公園飼育展示課長に着任。

「獣医として野生動物に興味がありましたね。チャンスがあれば動物園の仕事をしてみたいと思っていました」飼育展示課長の主な仕事は、動物を展示する業務の統括、新しい動物の導入の判断、展示場のリニューアル等、飼育・展示のマネイジメントである。

飼育員には今更ながら脱帽

課長たるもの、多摩動物公園で飼育されているすべての動物を、把握しておくべきだと当初は考えた。渡部氏のそんな思いは、飼育員の動物に対する幅広い知識や、愛情を改めて認識することにつながった。

上野動物園の約4倍の広さの多摩動物公園は、キリン、ライオン、チンパンジー、オランウータン等々、群れでの展示が開園当時からのコンセプトだ。例えばオオカミの場合、個体識別はもちろん、「あれが群れのリーダーでこれとペアになって、子供はこういう順番で生まれていて」等、飼育員はオオカミに関して熟知している。オオカミだけではない。それぞれの群れの飼育員は、各飼育動物の性格や「群れの中には闘争があって、この個体とこの個体は一緒にできない」等々、その知識に圧倒される思いだった。

2年半、多摩動物公園に務めた後、上野動物園の飼育展示課長に異動になるが、「上野では、飼育員とともにニホンライチョウの卵の孵化の仕事をしました。最初の年は5羽孵りましたが、エサを受けつけない個体には点滴をしたり。つきっきりで懸命に世話をする飼育員の熱意には、頭がさがる思いでした。

孵化した5羽とも死んでしまうのですが、担当の飼育員はがっかりしながらも、次こそはと仕事に取り組んでいく。飼育員にとって動物の死は、飼育の改善にどうつなげるかを意味していると感じましたね」

一方で、後編で詳しく触れるが、昨年夏のインドサイ舎での事故は飼育員の飼育の仕方や、野生動物との距離感の取り方等を今一度、見直す課題も投げかけた。

タスマニアデビルの展示は多摩だけ

珍獣の展示は動物園の一つの目玉でもある。多摩動物公園での課長時代、渡部氏の印象に残る出来事は、タスマニアデビルの導入だ。日本で現在、タスマニアデビルを見られるのは多摩動物公園だけである。

「来日したタスマニアデビルの研究者が多摩動物園内の施設で、講演会をしたのがきっかけでした。オーストラリアは他の多くの国と同様に、自国の希少動物を海外に出しません。そこで、当園では国内で初めて繁殖に成功し、6ヶ月以上の飼育を経た動物に贈られる『繁殖賞』を100個近く受賞していること。大きな動物から小さな動物まで、丁寧な飼育を心がけていることをアピールして。

動物を通してタスマニアを知ってもらう、そんな役割を担う目的で国外に出すという方法で、受け入れ条件が整ったのです」

タスマニアデビルのお披露目の2016年6月には、上野動物園に異動していたが、彼がタスマニアデビル導入のきっかけを作った。

シャンシャン誕生の現場責任者

多摩動物公園から上野動物園に移った渡部氏には、大きな仕事が待っていた。ジャイアントパンダのシャンシャンの誕生である。

「僕が上野動物園に着任して3年目でした」

飼育展示課長として、現場の責任者を担った。母親のシンシンは2012年7月に出産を経験しているが、6日後に赤ちゃんは肺炎で死んでいる。24年ぶりのパンダの誕生が、国民的な話題になっていただけに、当時の園長の涙ながら会見は印象的だった。

同じ轍を踏むわけにはいかない。誰もがそう思うシンシンの2度目の妊娠だった。

「パンダは妊娠の兆候があっても、擬妊娠ということがあります。シャンシャンが誕生するまで心配でした」

――当時は何名の飼育員さんで、パンダを担当したのですか?

「5名で班を作り飼育を担当しました。2月末に交尾をしてからは出産に備え、職員がローテーションを組み、泊り込んで観察する無体制を作りました。出産直前からは24時間体制で観察しまして。出産後は僕も泊まりました」

――そして2017年6月12日、シンシンが出産。

「多くの人たちの期待の中で、無事に生まれた。感慨深かったですね。でも、ホッとしたのは一瞬でした」

スタッフはしっかり育てることに集中した。馬や牛や多くの哺乳類は、誕生から数時間で立ち上がり自分で母乳を飲むが、パンダの赤ちゃんはネズミほどの大きさで体重はおよそ140g。皮膚も弱いし、非常に未熟な状態で生まれる。12年は出産から6日でパンダの赤ちゃんは死んでいるのだ。

これからが勝負だ……、渡部飼育展示課長と5名のパンダ担当の飼育員たちは、身が引き締まる思いだった。

明日公開の後編は、シャンシャン成長を見守るエピソードからはじまる。乞うご期待!

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama