【前編】いまだ道半ばの人工飼育、ゲンジボタルの輝きは取り戻せるか?

大好きな動物園の生き物はどんな飼い方をしているのだろうか。動物のことが知りたい。日々、動物に接する動物園の飼育員さんに、じっくりとお話を聞くこの連載。動物園の動物の逸話を教えてもらおうというわけである。

今年開園60周年を迎えた東京都日野市の多摩動物公園。上野動物園の約4倍という自然が残る広大な敷地は文字通り自然公園である。木々に囲まれた中で極力、柵を排した展示は、野生に近い動物の姿を観察できる。

シリーズ12回は6月に淡い光を放ち、夜空を飛ぶゲンジボタルだ。成虫の体調は15mm前後、メスのほうがやや体が大きい。同じホタルでもヘイケボタルより大型。体色は黒色、全胸部の左右がビンク色、中央に十字架型の黒い模様がある。淡い黄緑色に発光するのは尾部だ。

飼育員の渡辺良平さんは学生時代、昆虫の研究室で主に昆虫の分類を専門にしたが、たまたま学校の就職案内で動物園の募集を見つけ、飼育員として採用された。動物園での昆虫のエキスパートの採用は珍しい。多摩動物公園の昆虫園で、水生昆虫や外国産の昆虫を担当。井の頭自然文化園では魚、カエル、水生昆虫等を担い、再び多摩動物公園に戻り、ゲンジボタルの担当は今年で2年目。先達の飼育員から聞き知った話も交え、渡辺飼育員はゲンジボタルの飼育を語る。

ゲンジボタルの人工飼育、未だ道半ば

うちの園でのゲンジボタルの飼育は長く、開園して間がない1962年から続いています。当時、高度成長の時代で環境がどんどん悪化し、ホタルが減少していたという時代背景があったのでしょう。日本人が特別の親しみを抱くゲンジボタルを展示したいと。半世紀以上、人工飼育の蓄積があるゲンジボタルですが、その飼育方法がしっかりと確立されているかといえば、未だ道半ばです。

飼育をはじめた当初は水盤という浅い皿に水を張り、幼虫を飼ったのですが、たくさんの成虫の展示は難しい。そこで72年には今の昆虫生態園の右奥に、ホタル舎という施設が新設されました。建物の中に水路を作り、ゲンジボタルの幼虫と、餌のカワニナを放し飼いにすれば増えるのではないかと。水俣病が社会問題になり、光化学スモッグが騒がれ、環境悪化でホタルは激減していた時代です。6月のゲンジボタルが飛ぶ時期には、半野外施設で数多くのホタルを展示して、お客さんに楽しんでもらおうと考えたのでしょう。

ところが、思ったように増えなかったのです。山に棲むゲンジホタルは、低い水温を好む。水路の水は井戸水をかけ流しにするのではなく、循環させていたので、水温が上がりすぎたのではないか。餌のカワニナが十分育たなかったからではないか。4月中旬から5月中旬にかけ、3㎝ほどの黒い芋虫みたいな幼虫が上陸して土の中に潜りサナギになり、6月上旬に成虫になりますが、土にうまく潜れなかったのかもしれない。いろいろと考えられましたが、これといった原因がわかりませんでした。

多摩産で人工飼育の再スタート

当時は、6月のゲンジホタルが飛び交うシーズンに成虫が足りないと、他の地域からホタルを持ってきて展示をしていたと言います。ところが僕が飼育員になった12年前には、遺伝子レベルの研究が進み、同じ昆虫でも地域性があるとわかってきて。地域の個体を見直そうと。ホタルも単純に増やすだけではなく、地域産のものを飼いましょうという考えが、主流となっていました。

「地域産といったって、この辺にゲンジボタルなんていないじゃないか」開園当初から、このあたりに、ゲンジボタルはいないという前提でした。ところが「実は多摩地区にもゲンジボタルは生息している」地元のホタルの生息を調べている研究者から、そんな情報がもたらされたのです。

当時、僕は昆虫園の飼育員だったのですが、その事実には驚きました。確かにこの辺りの航空写真を見ると、市街化区域は家が立ち並んでいますが、戦前からほとんど変わっていない地域もあります。下調べすると本当にゲンジボタルが飛んでいる。

地元の多摩にゲンジボタルがいる、そこで、それまで飼っていた色々な地域から来た混血ゲンジボタルの飼育をリセットしようと。09年に一度、多摩動物公園はゲンジボタルの飼育を止めているんです。

やや清流なら十分生息

ゲンジボタルの餌はカワニナです。ケイ藻という石の表面に生えたコケを食べるカワニナは、実はそんなに清流ではなく、ややきれいな水に棲む生き物で。餌のカワニナがいる環境ならゲンジボタルも生息できます。

大きな河川でなく、林などがある流れの強くない、水温が上がらない小川の周辺を、フワ〜と飛んでいる。09年6月、満を持して僕も捕虫網を手にゲンジボタルの捕獲に参加しました。分けてもらった地元の多摩産のゲンジボタルで、飼育をやり直そうと。

捕獲したホタルから孵化した幼虫は、飼育場所を二つに分けました。一つはオランウータンの運動場のスカイウォークの周辺に、湧き水が流れているところがある。そこに幼虫と餌のカワニナを放し、定着できるか観察しようと。温暖化が進む昨今、環境の変化で野外のゲンジボタルが全滅してしまうことも考えられます。

そこで、もう一つはホタル舎の室内施設での人工飼育に取り組みました。人工飼育の技術を確立して、多摩固有の遺伝子を持つゲンジボタルの安定的な繁殖を実現しようという試みです。

6月の1ヶ月間、夜に成虫のオスとメスは光を放って出会い、メスは交尾をするとすぐに産卵をします。1匹のゲンジボタルは数百個の卵を産みますが、卵の管理は基本的には水温を保ち孵化を待ちます。赤ちゃんの誕生までは特別な技術は必要ありません。そして毎年1000匹以上の幼虫が得られる。ところが――。

後編もゲンジボタルの人工飼育に取り組む、渡辺飼育員の創意工夫に満ちた悪戦苦闘ぶりを紹介する。春になり幼虫が上陸して土に潜り、マユを作ってサナギになり、成虫に変態する。この生態をコントロールするのが難しいのだ。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama