■あなたの知らない若手社員のホンネ~ハーゲンダッツ ジャパン/井上直樹さん(28才、入社5年目)~
若手社員の仕事に対するモチベーションを理解することは、中間管理職にとって職場の和を保つために不可欠だ。20代の社員にとっても、同世代がどんな仕事を体験しているのか。興味のあるところだろう。
シリーズ37回目、ハーゲンダッツ ジャパン株式会社 経理財務部 井上直樹さん(28)入社5年目。
ハーゲンダッツは従業員200名ほどのアイスクリームの専門メーカー。コビニエンスストアやスーパー等で、ミニカップを主力商品に据えている。
大学ではマーケティングを学んだ井上さんは、学生時代は演劇をやっていた。人の心を楽しませる夢のある商品に携わりたいと採用通知を受け取ると、この会社を選んだそうだ。今年4月に異動になるまでは、営業職に従事していた。
あれっ!試食の日にちを間違えた
入社して最初の2年間は東京の首都圏営業部に、その後、大阪にオフィスを置く近畿営業部で2年間、勤務しました。首都圏営業部では思い立ったらすぐに提案する、商談も溜め込まず、何かあったらすぐに取引先に行って話をする。相手の懐に飛び込んで、仕事を回していく先輩の姿が印象に残っていますね。東京での営業は前任者の手法を踏襲する形でしたが、それでは今以上の売上げは期待できない。近畿営業部に異動になり、自分なりのやり方で営業を試みたいと思っていました。
うちのアイスクリームの主力商品はミニカップで、バニラやイチゴ等、6種類のフレーバーが定番ですが、月に2品ほど新商品が発売されます。新商品は発売した週が一番の売り時です。EDLP(エブリデーロープライス)を掲げているスーパーさんでは、前任者が新商品の発売される週にお金を払って、チラシに新商品の宣伝を載せてもらい、売り上げを取っていくというスタイルだったんです。
チラシに新商品が載れば、多くのお客さんの目に触れる。商品を大量に納入し、売り場に並べるので売り上げが爆発的に伸びる。「これだけの結果が出ています。数字が違ってきますよ」、何もしなかったお店の売上げと、チラシに載せたお店の数字の違いを、バイヤーさんに示して。担当した当初は僕もチラシでの営業を押していたんです。
ところがある時、「うちの方針と合わないので、チラシは削減していきます」と、スーパーの担当者から告げられまして。お店側は新聞を取る人も少なくなったし、もうチラシの時代ではないと判断したのでしょう。
当時、スーパーでは徐々にですが、LINEに登録をしているお客さんに、商品の宣伝や情報を配信するサービスに力を入れはじめていました。LINEを見て、スーパーに来店するお客さんが増えている。そこでLINEを活用してみてはどうだろうかと考えて、こんな提案をしたのです。
「スーパーのLINEを登録しているお客さまに、今度の新製品の白桃風味のアイスクリームの試食を、告知することはできませんか」
「なるほど」
僕の提案した新しい試みに、スーパーさんの本部も賛同してくれまして。LINEを通して、お客さんに試食を告知することになったのです。僕自身、LINEで登録しているお客さんに配信することで、売上げがどこまで伸びるか検証してみたかった。そして実際にLINEを使って“ハーゲンダッツの新製品の試食”が告知された。
ところがーー、
あれっ!
気づいたのは前の週の金曜日でした。僕は試食の日にちを月曜日だと思い込んでいたのですが、LINEでの告知は試食の日が水曜日となっている。試食のイベントには必ずマネキンさんといって、お客さんに試食品を配る専門の方が必要です。マネキンさんがいなければ、殺到するお客さんに手際よく試食を配ることや、商品説明ができず、売り場は大混乱をきたしてしまう。マネキンさんには月曜日に売り場に来てもらうよう、業者への依頼がすでに終わっていた。
マネキンの派遣業者に片っぱしに電話をして、水曜日に売り場に来てもらえる人を探しましたが、急すぎて人の手配がつかない。
「それな、よくないな、ヤバイな……」
スーパーのバイヤーさんに報告すると、電話口で困っている様子が伝わってきて。
「どないすんねん!!」本部のLINEを担当する課の人には、怒鳴られまして。
やらせてくださいと、こちらから頼み込んだのに、先方からすれば詰めが甘すぎると。スーパーの本部としては、トラブルで現場のお店に負担をかけたくないという考えもあったのでしょう。
「すみません、代わりのマネキンをすぐに探しますので」
「ほんとに頼むよ」
「最悪、うちのメンバーでマネキンをするしかないな」
上司にはそう言われまして。
「過ぎたことはしょうがない。カバーをする方法を考えよう。知ってる人に当たってみるから」と。結局、上司の知り合いの人に来てもらうことができてマネキンさんは手当ができ、試食はことなきを得ました。
関西で教えられた、商売は人対人だと
これまで大きなミスはありませんでしたが、僕は性格的に面倒臭さがりなところがあるといいますか。近畿営業部に勤務した1年目は「報告が遅い、自己管理が甘い」と、上司に言われました。滋賀のスーパーさんの担当だった時は、地元のラジオが、ハーゲンダッツを紹介することになったと電話を受けましたが、誰にも報告をせずにいて。後で上司に「聞いてないんだけど」と、指摘をされたり。
異物混入のクレームがあった時は、スーパーのバイヤーさんへの連絡が遅れて、クレームがお客さんから直接、バイヤーさんの耳に入り「情報が入ったら、すぐに言ってくれなきゃ困るよ」と、注意されたり。
欠品の発生は、ある程度は仕方がない面もあります。例えば新商品の「華もち」はきな粉のアイスに黒蜜と餅が入っていて、アイスと餅のモチモチ感がいい。「華もち」が売れるのは嬉しいのですが、製造計画にかかわる部分はどうにもなりません。原料もうちの製品に合うという理由から、北海道・根釧エリアの乳を使用するとか、厳選されている。基本的に群馬の自社工場のみで製造していますから、生産が間に合わない時があります。
「無いじゃ困るんだ!!」
「でも無いものは無いので、すみません……」
「もういい!!ガチャン」
卸し関係の担当者にそんな感じで電話を切られると、ちょっと気持ちがへこみますね。
でも、近畿営業部勤務で接したバイヤーさんや担当者は、お互いに気持ちの距離感が近いというか。例えば首都圏営業部時代、あるスーパーのバックヤードの出入り口に小さく、「出入り業者の売りの巡回は4時までです」と、張り紙がしてあった。僕がたまたま4時を過ぎて、お店の売り場に行ったら、「帰れ!」と、強い口調で店長に言われたことがありました。
近畿の営業では、そういう理不尽な怒られ方をしたことはなかった。あくまでも僕の感覚ですが、東京は取引先とビジネスライクなお付き合いでした。でも、関西では取引先の担当者と雑談から入って、商談の話し合いを積み重ね、信頼関係を得ていくやり方で。商売は人対人だと、近畿営業部で勤務して実感させられましたね。
それまでの失敗を挽回するためにも、バイヤーさんの懐に飛び込み、お互いの売上げにつながる提案していくしかないと、思っていたんです。
「報告が遅い、自己管理が甘い」と、上司に指摘された井上さんだが、さて挽回につなげるために、どんな提案を思い付いたのか。詳しくは後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama