【後編】社会人6年目の本音「何のためか?誰のためか?いつもそこに立ち返る」横浜市役所・磯田絵理香さん

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20代の仕事へのモチベーションはけっこう半端ない。管理職がその思いを理解することは、平穏な職場づくりの礎となる。若い人たちにとっても、同世代がどんな仕事に悪戦苦闘しているか、知りたいところであろう。で今回は市役所の役人。公務員はシリーズ初の登場だ。

第29回目は横浜市役所 横浜市市民局スポーツ統括室 オリンピック・パラリンピック推進部 オリンピック・パラリンピック推進課 磯田絵理香さん(28才)入庁6年目だ。

“休まず遅れず働かず”そんな役人への陰口に、悔しい思いを抱いているという彼女、“意味のあることをやりたい”と、公務員を選択し、最初に赴任したのは横浜市の鶴見区役所の保険年金課。国民健康保険の窓口に立ち、これまでの人生で出会ったことがない、いろんな背景を背負った人たちと接する。

時として行政の限界を感じ、“意味のあることをやりたい”という思いが霞むこともあったが、制度の中で出来る限りのことをしようと、窓口業務に当たっている時だった。

■人それぞれ“意味のあることは違う”ということ。

精神疾患を抱え、家族もいない、健康保険の仕組みも、自分が受けられる医療制度もわからないという中年の女性の方が、私が担当する鶴見区役所の国民健康保険の窓口を訪ねてこられました。お話を聞いているうちにいつの間にか身の上話になりまして。「本当に困っている」「病気で大変だ」と。私はうなずきながら、その方のお話を聞くことしかできなかったのですが。徐々に表情が明るくなり、その女性は涙を流しはじめて。

私は精神疾患の医療制度を取り扱う窓口にご案内したのですが、「ありがとう」と。「話を聞いてもらって楽になった」って、声をかけてもらいました。

国民健康保険の窓口では「毎月の保険料をきちんと払ってください」とか、お願いすることが多くて。「なんでそんなに高いんだ!」と言われることはあっても、涙を流されて「ありがとう」と、感謝されたことは一度もありませんでしたから。国民健康保険制度の枠組みの中で限界を感じ、モチベーションが下がる時もありましたけど。

私の仕事も、少しは市民の方々に役立っているのかなーと感じた出来事でした。

鶴見区役所の国民健康保険の窓口業務を3年間担当して、視野が広がりました。私は長いスパンで見た時に人の役に立つこと、意味のあることをやりたいと思い、役所に入ったのですが。人それぞれ“意味のあること”は違うということを、突き付けられた3年間でした。

例えば母子家庭の方なら、子供の教育や医療制度の充実が、意味のあることなのかもしれません。高齢の方なら自分たちが受けられる医療サービスの改善かもしれません。十人十色でそれぞれ生きてきた背景も違えば、困っていることや必要としていることも違う。

横浜市民370万人の方にとって、一人一人“意味のあること”は違います。もちろん限界はありますが、行政に携わる私は困っている方にとっての“意味のあること”を、まずお聞きし、それを理解し、寄り添い、サポートしていくべき立場ではないかと。

■誰のため、何のためのオリンピック・パラリンピックなのか。

市役所の若手職員は3、4年で異動することが多いのですが、私は窓口業務とは全然違う、事業関係の仕事を経験してみたいと、市民局のスポーツ振興部を希望しました。市役所の受験の時期に2020東京オリンピック・パラリンピックが決定したので、それに携わる仕事がしてみたかった。

横浜市は英国オリンピック委員会と事前キャンプの契約と、英国パラリンピック委員会と覚書を締結しています。オリンピック・パラリンピックの約1ヶ月前から、英国の水泳選手を横浜国際プールで受け入れる予定になっています。今の私の仕事はまず、英国オリンピック委員会と調整を重ね、英国チームが満足できる受け入れ準備をすることです。

オリンピックの事前キャンプを受け入れること自体はじめだし、イギリスの水泳選手が何を求めているのか。どんな施設で練習をしているのか。現場を知りたい。

「やりたいことはちゃんと口に出して、挑戦した方がいいよ」と上司のアドバイスに背中を押されて、昨年は12日間のイギリス研修に応募しまして。現地のオリンピック選手が練習するプールを視察し、選手や英国オリンピック委員会の方とも直接、話をしました。

オリンピック・パラリンピックが近づくにつれて、英国の水泳チームとはより親密な話し合いをしていくことになるでしょう。

英国というスポーツ先進国のチームが、最高のパフォーマンスを発揮できる、そんな事前キャンプの環境の提供は、国際都市としての横浜市をアピールすることになります。

でも、それだけではない。私は鶴見区役所の国民健康保険の窓口で、お会いした方々の顔を思い浮かべます。オリンピック・パラリンピックを行う意味ってなんだろう。横浜市の職員として関わっているのですから、市民の方々が英国の水泳チームが来てくれて良かったと、思ってもらえないと意味がありません。

要となるその点は上司や同僚とも話し合います。一つ参考になったのは、98年の長野オリンピック。あの大会のことを学習する中で、ボランティアに参加した小・中学生が、外国人のおもてなしをした体験が、今に繋がっていると語っていることです。

「オリンピック・パラリンピックという世界的はフェスティバルの大会が、横浜にやってきます。野球、ソフトボール、サッカーの競技が横浜市で行われる。英国のトップクラスの水泳選手も事前キャンプに来ます」「子供たちのボランティア参加も大切だ」「子供たちには世界中からいろんな人が来ていることを体験してもらいたいんです。例えば水泳の公開練習では子供たちと一緒に泳いでもらって、どれだけ早いか、子供たちに体感してもらうとか。五輪でメダルを獲得した選手との交流会を開催し、子供たちが実際にメダルに触れられる機会を作るとか」等々。

今も上司や部署の同僚と、日々、いろいろな話し合いを重ねています。

何のためなのか、誰のためなのか、いつもそこに立ち返る。とにかく東京オリンピック・パラリンピックを、市民の記憶に残るものにしたいです。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama