2018.07.26
モグラの繁殖はパンダやコアラより難しいって知ってた?
【動物園を100倍楽しむ方法】第4回 モグラ
■前編はこちら
動物が大好きだから、もっと動物園の生き物について、いろんなことを知りたい。みんなが知らない動物園の動物のトリビアを周り人に教えたい。それには動物園の飼育員さんに聞くのが一番だと考えたのが、この連載。私たちが知らない動物園の動物のいろんな逸話を、飼育員さんに教えてもらおう。
東京都日野市に位置する多摩動物公園は、上野動物公園の約4倍という豊かな自然が残る敷地に、できるだけ柵を使わない形で動物を展示している。今回はモグラである。多摩動物公園のモグラの展示施設、「モグラのいえ」の開設は15年ほど前。現在、アズマモグラとコウベモグラ、合わせて11頭のモグラが飼育展示されている。
扉を開くと中は20畳ぐらいのスペース、部屋の中央のテーブルの透明なアクリル板の中には山砂が詰め込まれ、それぞれ区切られた“モグラの寝ぐら”になっている。そこから伸びるプラスチック製の網のトンネルが、天井に張り巡らされ、モグラは網のトンネルを伝い、ねぐらと給餌のプラスチック製のケースまでの間を動き回る。来園者はテーブルのアクリル板越しにモグラの寝ぐらを観察し、網目のトンネルを伝い、給餌ためのケースに移動するモグラを見ることができる。
11匹のモグラは交わることなく、それぞれに個別の巣穴と移動のトンネルと、給餌の箱が用意されている。
動物園のシリーズ、第4回目はモグラの飼育を担当する熊谷岳さん(41)。これまでアジアゾウや、アムールトラの飼育を担当した熊谷さんだが、
「コアラも担当したことがありまして。5年間で2回、繁殖に成功しました。モグラの担当になったのも、繁殖を期待してのことだったかもしれません」と言う。
食生活を改善し、飼育のモグラを長生きさせることに成功した熊谷飼育員は、モグラという生き物の印象をこう語る。
■モグラにも個体差がある
西日本に分布するコウベモグラより、東日本に生息するアズマモグラのほうが、面倒臭い気がします。コウベモグラは静岡県の朝霧高原で採集したものですが、アズマモグラは動物園内で採集します。園内の土が盛り上がり、トンネル状になったモグラ塚にトラップを仕掛けて。採集したモグラはまず給餌のケースに入れますが、中にはケースでじっとして、動かない個体がいます。
給餌ケースから伸びる網状のトンネルを伝い、展示室の山砂が入ったテーブルまで移動し、そこに寝ぐらを作ってくれないと安定的な飼育は難しい。過去には2日以上、ケースの中でじっとしている個体がいて、飼育が困難と判断し、捕獲した場所に戻したこともあります。アズマモグラにも個体差があるんですね。
飼育する11頭のモグラは、番号で分けていますが、アズマ206番は僕が初めて自力で捕まえたモグラです。園内の広場のような開けた場所で採集したのですが、「何回もトラップを仕掛けたけど捕まらなかったやつだよ」と、前任者に言われました。捕まえて飼育をしてみるとアズマ206番は頭がいい。
僕が改良した馬と牛のハツやコオロギ、バッタのエサをバクバクと食べ、天井に張り巡らされたプラスチック製の網のトンネルを伝い、給餌のケースから寝ぐらのテーブルまで足繁く移動して。採集してから5年になりますが元気です。お客さんを楽しませていますよ。
逆に林の中のモグラは、比較的採集しやすいのですが、賢くないといいますか。給餌のケースで丸まって動かなくなるのは、林で採集したモグラです。
この差は何か。木がたくさんあるところのモグラは、木株に沿って通り道が決まっている。ところが開けた場所に生息するモグラは、進み方を考えて穴を掘らなければならない。考える力の差が順応性の違いになって、表れるのかもしれません。
コウベモグラの体長は12.5〜18.5cm、アズマモグラは12〜15cmと、コウベモグラの方が大きくて力も強い。ある日のことです。朝、展示施設の「モグラのいえ」に来ると、床の隅でコソコソ動いているのがいる。よく見るとモグラじゃないですか。
網目のトンネルはプラスチック製のネットを輪にして、結束バンドで留めて作ったものですが、コウベモグラ74番はトンネルを手で押し広げるように切り開いて、外へ飛び出したんです。もちろん、コウベモグラ74番はすぐに御用となりましたが、モグラは爪が鋭いので素手でつかむとケガをする。つかむ時は革手袋を使用します。
登ることが得意なモグラもいます。ある日のことです。僕の携帯電話が鳴りました。「あっ、熊谷さん、モグラが混ざっちゃったんですけど」同僚の飼育員から、そんな電話をもらって。
「混ざっちゃった?」僕も意味がわからず「モグラのいえ」に駆けつると、メスのコウベモグラ62番が隣の給餌ケースに入り込み、アズマモグラのオスを追い回している。コウベモグラのメスは体が大きくて、アズマモグラのオスと同じぐらいです。
コウベモグラ62番はなぜ、隣の給餌ケースに移れたのか。ケースまで伸びる網状のトンネルは、ケースの中のパイプにつながっています。コウベモグラ62番はパイプの外側とケースの内側の壁とを利用して、手足を使い、40cmほどのプラスチックケースをよじ登ったんです。まさかツルツルのケースをよじ登ってしまうとは……、びっくりしました。
■次の目標はモグラの繁殖
コウベモグラは5月に泊まりがけで静岡県の朝霧高原にモグラの飼育担当者が出向き、許可を得た公営のキャンプ場にトラップを仕掛け採集します。僕がモグラの飼育担当になって1年目に採集したコウベモグラの中に、餌を大量に平らげる個体がいました。コウベモグラ60番です。
「このモグラ、多分妊娠しているんだよ」と、前任の飼育員に告げられて。採集した時にお腹に赤ちゃんがいる個体は“持ち込み腹”と呼ばれていて以前にもいたそうです。僕は急遽、大きな衣装ケースに黒土を入れ、中に給餌の装置を配して。ある日、その飼育ケースにピンク色をした動くものがいる。モグラの赤ちゃんでした。
弱っていたので人工哺育を試みました。体長1cmほどの赤ちゃんを指でつまんで細いシリンジを使い、ミルクを飲ませたのですが。翌朝、哺育器の中で死んでしまいました。解剖してみると、赤ちゃんは親に噛まれた跡があった。多分、モグラが落ち着いて出産できる環境ではなかったので、噛んでしまったのでしょう。過去の“持ち込み腹”のモグラも、出産はしても育った実績はありません。
コアラを繁殖に成功した時は、メスのコアラは発情すると木から降りてくる習性があるので、夜間のビデオチェックをして発情の周期をつかみ、他の動物園から借りてきたオスと一緒にしました。
モグラの場合は春と秋の繁殖期になると、食欲が上がってくるような感じがした。普段は別々に飼育しているモグラですが、昨年はペアリングを期待し、タイミングを見て、秋口にオスとメスを一緒にしてみたんです。ところがオスがメスを追いかけ回して、メスの後ろ足を噛んでしまった。メスがケガをしてしまいまして。それ以来、僕もひるんでしまい、今はペアリングのタイミングをじっくり観察している段階です。
多摩動物公園の展示動物で、モグラのように野生から収集したものはほとんどいません。動物園で生まれ個体は、動物園以外の環境を知りません。ですからストレスもなく飼いやすい。でもモグラは広々といた野外で暮らしていたものを捕獲して、狭いところに押し込めて展示をしている。
多分、動物園で生まれ育ったモグラならストレスもなく人にも慣れて、今以上に展示施設の中で姿を見せ、お客さんを喜ばせることができるでしょう。
エサを改善に成功し、モグラが長生きするようになったのですから、次の目標はモグラの繁殖です。多分、成功してもパンダのような大ニュースにはなりませんが、モグラの繁殖は、僕らにとってパンダよりもっと大変なことなんです。
【動物園の赤ちゃん秘蔵ショットを公開!】
オランウータンとはマレー語で「森の人」という意味。野生では低地の熱帯雨林に生息しています。昨年9月に、世界最年長のジプシーが推定62歳で亡くなりましたが、新しい命の誕生で、現在多摩動物園で飼育されているオランウータンは11頭(オス5頭、メス6頭)。赤ちゃんの公開日は未定ですが、母子の健康管理のため日中の2時間ほど運動場に出る時がありますので、目にすることができるかもしれません。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama