【後編】ゾウの飼育員と象使いの根本的な違い(2018.04.20)

動物園を100倍楽しむ方法】第一回 ゾウ

動物が大好きだ。もっと動物園の動物たちと親しみたい。動物園の生き物についてもっといろんなことを知りたい。子供や友人に動物たちのトリビアを披露して一目おかれたい。それには動物園の飼育員さんに聞くのが一番だ。みんなが知らない動物のいろんな面を、飼育員さんに教えてもらおう。

東京都日野市に位置する多摩動物公園は、上野動物公園の約4倍という豊かな自然が残る敷地に、できるだけ柵を使わない形で動物を展示している。今回は多摩動物公園の飼育展示課、南園飼育展示係の伊藤達也さん(28才)に、アジアゾウの生態と、ゾウと飼育員さんとのエピソードを聞いた。

多摩動物公園で飼育するアジアゾウは3頭。20年春に完成予定の新ゾウ舎で暮らす国内最高年齢のオスのアヌーラ(推定65才)。現在のゾウ舎には2012年にスリランカから来園したメスのアマラ(14才)と、オスのヴィドゥラ(10才)がいる。

アジアゾウの飼育を担当して6年目、新人の頃は頭のいいゾウにちょっかいを出されながらも、昨年10月のアヌーラの新ゾウ舎引越しに立ち会う。経験を積んでいった伊藤さんだが、飼育員は象使いとは違うと動物園での飼育の仕方を語る。

■ゾウの飼育員と象使いの違い

ゾウの飼育係というと、ゾウに乗ったりしてゾウに指示を出す、東南アジアの国々で見られるゾウ使いをイメージしがちです。でも、うちではゾウと人間を同じ場所に入れない、必ず壁越し柵越しにゾウの世話をします。ゾウ使いのように接すると、鼻で飛ばされたり、数トンもあるゾウと壁の間に挟まれたり事故を起こす可能性が高くなります。また、動物園の飼育係には異動がある。東南アジアのゾウ使いのように一生、ゾウと付き合って行くわけではない。誰が担当になっても安全に世話ができるようにという配慮もあります。

ゾウの健康管理で最も大切なのは、足の裏のケアです。足が悪くなり立てなくなると、ゾウは自分の重みで内臓を壊し、死んでしまいます。そのためコンクリートの地面で足の裏が削られ、バイ菌が入り化膿したり、ひづめが割れたりしないように、ひづめや足裏の皮膚のしわを削り清潔さを保ちます。時には消毒したり薬を塗ったり、足の裏は毎日のようにケアします。そのためにゾウ舎には下に窓が空いた鉄柵のトレーニング用の施設があって、その窓にゾウが足を上げるよう、飼育員はそれぞれトレーニングします。どのように訓練をするのか。

まず、人が柵の前に立ちゾウが柵越しに寄ってくると、声をかけながらドカッとエサをあげる。人がいる時にここに来ると、いいことがあると覚えさせ、次に柵の下の穴から棒でチョンチョンと足をつつく。何かの拍子に足を動かすと、「いいねぇ」と声をかけエサを与える。“褒められる+エサ”で、ゾウは人が何を望んでいるのかを理解していきます。

知能の高いゾウは、褒められている時の雰囲気を感じ取り気分がいい。「いいねぇ」「こっちだよ」「そうだいいよ」窓に近づき足を上げるたびに、褒め言葉とエサを与え、窓に足を乗せると「そうだ、よくできたね!」と声をかけ、エサをたくさんと与える。飼育員はこの方法でゾウの前足と後足を、それぞれ窓に乗せられるようトレーニングして、足の裏のケアができるようにします。

「ゾウがエサを取りやすいように、動きを予測して投げてやらないと」「ゾウが足を上げた瞬間、間髪入れずに褒めないと、ゾウは“いつもと違うな”と戸惑うよ」等々、先輩に注意されながら徐々に覚えました。

■ゾウの前ではベテランのつもりで

国内のアジアゾウでは最高齢のオスのアヌーラは普段、おとなしく温厚なゾウなので、比較的思い通りにこちらいうことを聞いてくれます。若いオスゾウのヴィドゥラは食いしん坊なので、エサがあればトレーニングはやりやすい。問題はメスのアマラ。アマラは気持ちにムラがあって、エサにあまり執着がない。気が乗らない時は、トレーニングに集中してくれません。特に後ろ足を窓に乗せさせようとする時、アマラを正しい位置に持っていくのが難しい。これでいいのか、僕の中で迷いが生じてしまう。

「人の気持ちがゾウには伝わる。お前が迷ってオドオドしていたら、ゾウは何をしていいのかわからなくなるだろう」と、班長には常に言われています。

人が動いてゾウがついていく。アマラが僕に注目してくれるためには、どうしたらいいのか。エサにあまり執着がないので、エサに重きをおくのはやめよう。アマラに対する時はあらかじめ手順を全部決めて、頭に叩き込んでおく。使うエサも事前に決めて用意をしておく。作業を始める前にアマラの目をしっかり見て、「アマラ、こっちだよ」と、僕の意思を伝えて。すべてにおいて躊躇なくテンポよくパパッと動く。

「ゾウの前ではベテランのつもりでいろ。俺は経験があって、お前のことは全部わかっている。お前がどうやるかもわかっているよと、そのぐらいの雰囲気を出さないとダメだ」これも、班長のアドバイスです。

ゾウの飼育を担当して6年目、アマラもだいぶ僕の言う通りにやってくれますが、雨の日は部屋の扉を開いても外に出たがらない。運動場に出さないと部屋の掃除ができません。そんな時は6枚切りの食パンを一枚、アマダの見えるところに投げてやる。すると渋々、部屋から出てきます。エサは多く使えばいいというものでもなくて、ゾウの気持ちを乗せるように工夫する、それも飼育員の仕事です。

■ゾウにも不機嫌な時期がある

また、アジアゾウのオスには「ムスト」と呼ばれる荒れる時期があります。オスのヴィドゥラは若いので、本格的なムストはまだ見られませんが、アヌーラには2月と9月の年に2回、1ヶ月ほど続きます。ムストの時期のアヌーラは人に例えれば人相が悪くなって、何を考えているのかわからないような時もあります。

こめかみに分泌液が出る穴があって、そこからジンギスカンを食べる時にプンとする、あの臭いに似たような動物特有の臭いを放します。野生ではムストが来ると他のゾウが敬遠するので、繁殖に有利だと言われていますが、なぜムストの時期があるのか、詳しいことはわかっていません。

「ゾウがムストの時は関わり方を変える。ムストで興奮状態の時に、たまたまお前が声をかけたら、冷静になった時も『こいつがいるだけでイライラする』と、悪いイメージを持たれてしまうかもしれない。ゾウにそう思われるような機会を作るな、ヘンに関わるな」これも班長に言われたことです。ですからアヌーラがムストの時は朝、ゾウ舎で「おはよう」と声をかけることも控えます。足のケアもゾウの状態を見て、簡単なメニューする時もあります。

ムストの時期は部屋の壁にガンガンぶつかってきたり、柵の間から鼻を伸ばしてきたり。落ち着いて対応しますが、鼻で叩かれたり鼻でつかまれたら、命に関わるケガにつながります。それはムストの時期だけに限りません。

普段、温厚でおとなしいアヌーラも、面白がってちょっかいを出してくる時があります。常にゾウの動きに気を配っているつもりでも、ふっと柵の間から鼻をヌーと伸ばしてきて、ちょっと驚く時もある。そんな時は「お前の油断だよ」と、班長に声をかけられます。ゾウは人の感情をよく見ている。そしてこちらが油断した時、“今だ”とちょっかいをだしてきます。それが事故につながる。そういう動物だと、常に頭に入れておかなくてはダメだと。

僕から見るとアジアゾウとアフリカゾウは、全く違う生き物ですね。アフリカゾウはアジアゾウよりも体が大きくて、立派な牙もあって、見た目にゴツゴツしていて恐竜のようじゃないですか。その点、アジアゾウは丸っこくって可愛らしい(笑)。

最初の赴任先の上野動物園では、モルモットやウサギやふれあい動物の飼育を担当しましたが、ゾウはいざという時に捕まえたりはできませんし、モルモットとはまったく違います。でも、こちらの行動一つでゾウの態度が変わってくる。ゾウの気持ちをいろいろと考え、トレーニングをすると、人に媚びない、見上げるようなゾウが、自分の思い通りに動いてくれる時があります。その瞬間は野生動物と気持ちが通じ合えたなと実感が持てる。ゾウは可愛いですよ。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama