■連載/AIの“現場”
最近、「人工知能(以下、AI)」「ディープ・ラーニング」「機械学習」といった言葉をニュースで見ない日はない。しかし、そもそも人工知能とは何か? 何となくわかったつもりでこれらの言葉を使っていたけれど、実はよく知らないという方も多いのではないでしょうか? 本連載では時代の潮流となっているAIを正面から捉え、製品化されたもの、開発途上のものも含めたAIの現状、AIが汎用した近未来はどのような社会になるのかを具体的なエピソードとともに紹介します。
汎用AIが社会の隅々に浸透する近未来社会は、効率が増し、人間の労働時間は半減して生産量は増える。企業は今より儲かるからGNPも上がり、税金の総量も増える。国が国民全員の生活に必要な最低限の現金を支給する、ベーシックインカムの制度を導入し、我々は生活のために収入を得る仕事から解放される。自分が好む仕事のみをし、仕事がスポーツのような楽しみになる。
AI研究の第一人者、東大大学院情報理工学系研究科、中島秀之特任教授は未来社会に対して、そんなユートピアがイメージできるという。
AI研究の第一人者、東大大学院情報理工学系研究科 特任教授 中島秀之氏。
■ユートピアかディストピアか、人間次第
――AIが浸透した近未来は、働かざるもの食うべからずという概念はなくなるのですか。
「私はなくなると思います。人類の歴史の流れを考えると、農業が発生する以前は獲物を毎日狩りに行かないと餓死した。ほとんどの仕事は食べ物を得るということでした。農業が発展し収穫物の備蓄ができると、祭りのような行事や、個人の趣味に時間が持てるようになった。人類の歴史は生きるために働く時間がどんどん短縮されてきたのですから、AIが浸透することで、今後のその方向に拍車がかかると思います」
――しかし、AIが行き届いた社会が、逆にディストピアになるかもしれない。その時、先生はどんな社会を想像しますか。
「AIの浸透で生産力が上がり、増えた富を一部の人間が独占する社会になれば、今以上に貧富の格差が広がるでしょう。富を独占した一部が、大多数を奴隷のようにして、人間にやらせたほうがいい単純労働に従事させる。
あるいは、AIは大量のデータを収集し分析したりする能力に長けていますから、それを利用して、ヒットラーのような大衆を操る独裁者が出現するかも知れません。ヒットラーも、ルールに則って合法的に権力の座に着いたわけですから。いずれにせよ、ユートピアにするか、ディストピアにするかは、人間の側のチョイスにかかっています」
――汎用AIの浸透が確実視される今日、正しい未来をチョイスするために、必要なものは何でしょうか。
「AIが生み出す富の分配をどのようにするのか、そのために政治はどうあればいいか、社会の仕組みを考えられる人が、必要になってきます」
■ファジーこそ、人間の長所
――20年、30年先がユートピアになるかディストピアになるかの前に、AIの浸透で5年先の社会は、様変わりしてしまうだろうという先生の持論です。そんな近未来を見据え、私たちが今やるべきことは何でしょうか。
「AIを使いこなせることはもちろんですが、その上でゼネラリストになることですね」
――ゼネラリスト?
「特に若い人に言いたいのですが、これからの時代は専門書に書いてあることは、すぐにプログラムできます。IBMのワトソンという機械は、毎日何千本という世界中の論文を読んでいます。専門家の仕事の多くは今後、AIに代替されるでしょう。これからは高度な専門知識はAIを使えばいい。人間の能力が生きるのは、ある専門とある専門をつなぎ合わせて何をするかで。いろんな専門に精通している人が活躍できるはずです」
――約40年間、AIを研究されている先生は、機械にできない人間ならではの良さも、熟知されていることと察しています。
「(ニヤッとして)ええ」
――AIより人間のほうが、決定的に優れているところをあげるとすれば何でしょうか?
「人間はね、適当にやるのがうまい。AIのプログラムは、データががっちりそろっていないとできません。でも人間はデータが少なくても適当にやってしまう。私たちの間で言っていたのは、お掃除ロボットを作ったら四角い部屋を丸く掃かせる、そのほうが賢いと。
ほとんどのケースで言えることですが、9割まで仕事を終わらせるのに1時間かかったとして、さらに完璧に仕上げるために、1割の仕事をするのにはもう1時間かかる。現実社会では9割で止めておいたほうがいいことが、いっぱいあるんです。そういうことをちゃんと考えられるほうが、頭はいい。臨機応変さはAIより人間のほうが圧倒的に優れています」
適当さ、曖昧さ、臨機応変さ、そんなファジーな部分こそ、AIにない人間の優れた点だと、指摘する中島秀之教授。実はファジーな部分を備えた、より優秀なAI開発へのヒントが、日本語のAIの開発に秘められていると、話はヒーアップしていく。
第四回に続く
取材・文/根岸康雄