【第1話】AI研究の第一人者・中島秀之教授に聞くAIの進化史(2017.09.28)

■連載/AIの“現場”

最近、「人工知能(以下、AI)」「ディープ・ラーニング」「機械学習」といった言葉をニュースで見ない日はない。しかし、そもそも人工知能とは何か? 何となくわかったつもりでこれらの言葉を使っていたけれど、実はよく知らないという方も多いのではないでしょうか? 本連載では時代の潮流となっているAIを正面から捉え、製品化されたもの、開発途上のものも含めたAIの現状、AIが汎用した近未来はどのような社会になるのかを具体的なエピソードとともに紹介します。

人口知能(以下・AI)が将棋や囲碁の名人を破ったのは衝撃的だった。今やAI関連のニュースを目にしない日はないくらいだ。筆者はかつてITが社会に浸透しつつあった、90年代半ばの盛り上がりと類似していると感じているのだが、「いや、ITのときとは比べられないほど、急速に社会は一変しますよ」と語るのは、AI研究の第一人者、東大大学院情報理工学系研究科の中島秀之特任教授だ。

アナログの時代から携帯電話が普及し、ITがなくては成り立たない今日の社会に変貌するまで、20年近い年月を経たが、それ以上の激変がここ数年で起こり得る。AIが浸透した暁には、社会制度も人々の暮らし向きも一変するであろう。そう予言する中島教授にAIの変遷、AIの現状、AIが今以上に浸透した近未来の私たちの生活。そしてAIが社会の隅々にまで行き渡った未来社会のイメージを語ってもらった。


AI研究の第一人者、東大大学院情報理工学系研究科 特任教授 中島秀之氏。

■人間を知りたいからAI研究

AIとは“自ら考える力を備える”コンピュータシステムである。まず約40年間にわたってAIの研究に携わる中島氏は、その意義を語りはじめる。

「AI研究に取り組む大きな理由は、人間の脳をコンピュータ上に実現してみたいという思いからです。人の知能の仕組みを知りたい、つまり人間を知りたい。心理学では限界があるので、人の脳により近いものをプログラムして、その振る舞いを観察し、人間への造詣を深めようと。

もう一つの理由は、知的なシステムが欲しいという社会のニーズ。効率を上げるために産業界も必要としているし、社会の発展のためにAIは必要とされています」

実はAIはこれまで、何回かブームがあった。

「1956年にアメリカで開かれたダートマス会議で、計算機科学者のション・マッカーシらがAI(artifical intelligenc)という言葉を考案して。コンピュータは記号処理できる、知能をプログラムすれば、人間の脳と近いものができるんじゃないかと、当時はかなり楽観的でした。

知識を記号に置き換えれば、知的な会話も可能ではないかという論文も発表されましたが結局、人の意志や考えを翻訳するには、その裏に膨大な知識がないと文章解釈ができないわけで。知識や常識をどうコンピュータに取り組むかという問題には、ぶ厚い壁があることがわかり、第一次AIブームはしぼんでしまった」

■暗黙知という壁のブレイクスルー

「コンピュータの性能が良くなり、大規模な知識を扱えるようになった80年代の第2次AIブームは、エキスパートシステムと言って、人間のエキスパートな知識をプログラムに置き換える技術を駆使し、95%ぐらいは成功したんです。一部のAIは実用化されましたが、問題になったのは暗黙知。

人間のエキスパートには、言葉にできない部分がある。例えば、親方が弟子に“見て盗め”と。親方も言葉にできない。料理の時の“煮立ち具合”、これもどんな時が最適な状態なのか、言葉にしづらい。言葉にできない暗黙知をプログラムに書くのは至難の技でした」

――今日の第3次AIブームは、人の暗黙知をコンピュータが、折り込めるようになったというわけですか。

「機械学習、とりわけディープ・ラーニング(深層学習)といわれる技術の進歩は驚くものがあります。今のAIはある程度まで人間がプログラムすれば、あとは知識を書き下さなくても、コンピュータが勝手に学習してくれる。暗黙知の部分が扱えるようになった。“見て盗め”をコンピュータが理解できるようになったんです」

――ディープ・ラーニング等の技術の進歩で、AIがより人間の脳に近い形に進化した、賢くなったわけですね。

「背景にはインターネットやユーチューブの浸透で、膨大なデータを集めることができるようになったこと。そしてそれを処理するコンピュータの性能が向上し、計算が速くなったことが挙げられますが、技術はこれまでの積み上げの上にあるものです。技術の積み重ねが多いほど進歩は速い」

約40年間、AI研究に一筋に取り組んできた中島教授は、自らの実体験を踏まえるように、これからAIの進歩はますます加速度を増す、5年もすれば世の中は様変わりするだろうと予言するのである。

第二回へ続く

取材・文/根岸康雄