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昨今の若い世代はSNSばかりで、体験や密な対人関係に乏しい。ウィズコロナの時代、その傾向はますます顕著になり、困りものだという現場の管理職の話を耳にする。本シリーズは逆張りではないが、若い人間も仕事を通して経験を積み、密な人間関係の中で悩み成長しているという話を紹介するシリーズである。
シリーズ第65回、第一三共ヘルスケア株式会社 経営企画部企画グループ 狩野芳信さん(29・入社6年目)。薬学部出身の狩野さん、製薬会社での医療用薬品の研究・開発より、ドラッグストアで扱う一般医薬品に携わってみたかった。新しい風邪薬『ルルアタックTR』の開発をはじめ、彼が籍を置いた開発担当の部署は、新製品の発売までのスケジュール管理やマネージメント、マーケティングにもかかわった。
ビン入りよりも…
開発担当としては、ルルの新製品ばかりでなく、同時並行でいろんな新製品に携わる。
「通販品目の開発担当も携わりました。『リゲイン トリプルフォース』は弊社がオリジナルで開発した3つの成分を使った医薬部外品で、毎日飲んで元気になってもらいましょうという薬です」
――通販で販売する錠剤ですから、ビン入りですよね。
「最初の要望はビン入りでした。ビンを想定し製造委託先や錠剤の安定性試験の準備をはじめていたのですが」ところが、
「ポストに入る形でお客様に届けたい」と、通販を担う子会社の担当者から変更の要望がある。そこでこんな話し合いがなされた。
「郵便受けに入るサイズなら、お客様が不在の時でも再配達をしなくて済む」「ビンから利便性が高いパウチに変更できないか」
「医薬品の錠剤をパウチに入れるのは、これまでうちの会社として実績がありませんし…」
だがユーザーの立場に立てば、ビンよりパウチが理にかなっている。
訴求力を工夫する話し合い
発売日は決まっている。錠剤はパウチに適応できるか。パウチは輸送の際、問題はないのか。ビンと異なりパウチは開封後、外気に触れやすい。薬の安定性は大丈夫なのか等々。彼は各専門部署に試験を依頼、1年ほどかけて錠剤をパウチに入れても問題なしというデータを得た。
同時に新製品の訴求力の工夫も話し合われた。
「うちが開発した3つの成分で、疲労回復と予防は謳えるが」
「体内の糖化が進むと、老化現象の原因の一つになる。この新製品はそれを抑制する効果があるという点は強調したいところだね」
「確かに社内の研究の積み重ねでは、そういう知見が得られています。しかし、効能の効果を超える表現になり、それを全面的に謳うことは薬事法のルール上、できません」
社内の研究成果を熟知する狩野が、ジャッジメントの言葉を発する。
“これは言えるんじゃないか””これはユーザーに刺さるんじゃないか“通販の会社のマーケティング担当と、訴求力のある文言を練っていった。
薬だけでなく、もっと広い視野を持ちたい
開発担当として厚労省の提出する書類に不備があり、新製品の予定の発売日に間に合わず謝罪行脚をしたこともあった。社長や関係する部署、「困りますね」と、OEMの企業に渋い顔をされたこともあったが、
「入社当時は一般用医薬品の研究を極めたいと思っていたんです。でも、新製品のマネージメントやマーケティングにかかわってみると、もっと広い視点を持ちたいと、自分の気持ちが変わっていきました」
顧客の視点、ブランドへの想い、収益性、事業性を含めてもっと広い視野を持ちたい。
開発担当の部署にいた時に、同世代の医療業界の若手を対象にしたセミナーに参加したことも大きかった。薬学部出身で、医薬品の研究開発しかやってこなかった彼は、セミナーを通して事業性や収益性のことがまったく分からず、自分の知識のなさを痛感した。
「『もっと知識や経験を得たいです』と、上長に話したんですが、もしかすると上長が人事につないでくれたのかもしれません」
経営企画部に異動になったのは今年4月だった。
報告の要はファクトよりもリサーチ
今の部署は、社長の意思決定のサポートが主な仕事だ。社内の各部署から上がってきた数字を含めた情報を収集し、取捨選択して必要なものをまとめ、社長に報告をする。ここでも彼は自分の至らない点を自覚する。
「各部門のトピックをピックアップして社長に報告する際、例えば皮膚用薬のこの製品が売れ行き好調だと。それは数字を見ればわかることで…」
「狩野くん、売れている数字を報告しても、それはただの事実を伝えているだけだよ」と、上長に指摘された。その製品の売れ行きが好調なのは何が原因なのか、要はそこだ。
例えば以前からある皮膚用薬だが、同業他社のものより塗った時に、ベトベト感がしないことがSNSで拡散し、売り上げにつながったとか。報告は事実に潜む調査・研究が大切だ。
会社のいろいろな部署を見る機会を得て彼は今、こう思っている。
「大学の研究室は、自分の研究を突き詰めていくところでした。でも、会社に入ってからは他の部署と連携し、事情を理解して、自分の領分以外の見方をしないといけない。自分の部署だけでなく、他の部署とうまく連携できないと、どんな優秀な人でも、その人のすごさは発揮できません」
それは、入社6年目の彼が抱くサラリーマンとしての実感である。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama