【動物園・前編】ブラッシングすると400kgの巨体がゴロン!人とのコミュニケーションを好むマレーバクの魅力

動物園のシリーズ、第17回目はマレーバクである。インドネシア・スマトラ島、タイ南部、マレーシア、ミャンマーの河川や沼地のある熱帯雨林に生息。体長180〜250㎝、成獣の体重は250〜540㎏。白と黒の帯状の模様は夜間、白色が際立ち輪郭が不明瞭になり、捕食者に発見されにくくなるからと考えられている。現在、多摩動物公園には6頭のマレーバクがいる。

開園61年目を迎えた東京都日野市の多摩動物公園は、上野公園の約4倍の広さ。ハイキング気分で園内の動物を見て廻れる。極力柵を排した展示で、より野生に近い動物の姿が観察ができる。学生時代、動物の看護を勉強したマレーバクを担当する齋藤麻里子飼育員、多摩動物公園、上野動物園、そして多摩動物公園と勤務し、トナカイ、レッサーパンダ、ユキヒョウ、アシカ、マレーグマ、コアリクイ、モウコノウマ等の飼育を経験している。マレーバクは4年前から担当している。

バクは触ることができる動物です

野生動物は基本的に神経質で怖がりですが、どんな動物でも、担当者の接し方で変わると私は思っています。例えば、昨年11月末に3度目の赤ちゃんを出産したユメは、気が強くて、私の前の担当者の人たちは、誰もユメに触ることをしませんでした。放飼場の扉の開閉は遠隔操作できるので、人がバクに接しなくてもバクの飼育はできます。

でも、バクがどういう気持ちでいるのか、ある程度動物のサインを読みながら飼育をするのが、私のやり方ですから。バクが私を受け入れてくれないとそれができない。

バクは触ることができる動物です。他のバクと同じようにユメも時間をかけて、だんだんと距離を縮めていきました。まず餌を食べているのを近くで見る、飼育係に見られることに慣れてもらう。

「元気」「よく食べたね」「お腹の調子はどう?」とか、バクに向かってよく話しかけます。動物は人の声を聞き分けますから、バクに私の声を覚えてもらう。

バク担当の飼育係は私一人ですし、フンや室内の掃除やエサの用意等、限られた時間内でやることはたくさんあります。その合間を縫うように徐々に信頼関係を深め、エサを食べているバクに近づけるようになっていって。“今なら触れる”そう感じ取れる瞬間が来ますから、その時にエサを食べているバクの頭を触りました。

ブラッシングで400kgがコロッと

今ではバクたちに週に1回程度、5分ほどブラッシングをしています。ブラシをかけると気持ちよくなって、ゴロンと横になって寝てしまう。マレーバクの毛は柔らかいですが体は大きいです。特にユメは大きい個体で400㎏あります。

見た目ではわからないことでも、触れば個体の健康状態がわかります。バクは便秘を起こしやすい。便秘になってお腹の中にガスが溜まり、死にいたることもある動物です。ブラッシングでバクを寝かせると、お腹を触って音を聴きます。リラックスしてお腹が動いていれば、ゴロゴロと音が聴こえる。

バクは私が担当した中で、一番人とのコミュニケーションを好む動物です。ブラッシングはバク特有ですが、私はこれまでも動物と、より深く信頼関係を築くような飼育をしてきました。「担当動物との距離感が近いよね」と言われたことはありますが、深く信頼関係を築くことと、野生動物が本来持っている野生の能力を損なうこととは、別問題だと私は思っています。

動物が安心して子育てできる環境とは

そんな飼育の仕方をして、よかったと思う場面は何回もありました。これまで担当した動物はほとんど繁殖しています。健康なオスとメスがいれば、出産は難しいことではないのですが、子育てをすることは簡単ではありません。

子育てできる環境を作ってあげられているか。動物が安心して子育てできるためには、飼育係を受け入れているかどうか、そこが大きいと私は思っています。

私がそう意識したのは、飼育員になって最初に多摩動物公園に配属された時に、レッサーパンダを担当したのですが、毎年出産しているお母さんがいた。そのお母さんは初産の時に、2週間で子供が死んでしまった。でも翌年から毎年、しっかり子育てができるようになりまして。お母さんの子育てをつぶさに見ていて、私とお母さんの信頼関係が深くなっていった分、子育てが上手になっていく実感を抱いたのです。

飼育係と動物との信頼関係が深まることは、動物へのストレスを減らすことに繋がる。結果的にお母さんの神経質な面が緩和されて、子育てにも良い影響を及ぼすと私は思っています。

形の違いはあっても愛情の行き来こそが、生き物すべての原点だと感じ取れる齋藤飼育員の逸話である。

ユメの赤ちゃんが誕生したのは昨年11月27日、赤ちゃんはイノシシの子供のようなまだら模様が特徴だが、それは半年ほどで消えて、マレーバクは白と黒のツートンカラーに成長する。

ユメの出産、そして悲しかったある出来事、オスのバクたちについても、明日公開の後編で詳しく。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama