前編はこちら
上からの指示に応え、下からの訴えを聞き、部下は育てて、孤軍奮闘の中間管理職たち。愚痴は言えない中間管理職は働く現場で何を考え、どんな術を講じているのだろうか。この企画は課長職のつぶやきを紹介する。
シリーズ第14回は小林製薬株式会社 ヘルスケア事業部 マーケティング部 新製品開発グループ グループ長 奥山保雄さん(41)。「うちは何よりわかりやすさと、アイデアを大切にする会社です」と奥山さん。彼が課長に当たるグループ長を務めるのは、社内で生まれたアイデアからコンセプトを作り、製品に落とし込む、ゼロから製品を生み出す部署である。
部下を好きになること。部下が話しかけやすいようにヒマそうにして、胸を張り笑顔でいること。作業の手を止め相手の目を見て、部下の話を集中して聞くこと、課長はどうあるべきか、いろいろ学んだ奥山さんだ。
部下を思い察すること
課長たるもの、部下であるメンバーの想いを察することも大切だ。例えば毎月のグループミーティングで「来期はこうしようね」と、商品カテゴリーの分担を決めた時だった。彼なりの考えがあって決めたことで、メンバーは「わかりました」と、その場は終わった。
ところが会議の翌々日、女性の部下に「やっぱり私には無理です」と、面と向かって告げられる。部下の申告がなければ「頑張れよ!」と、ハッパをかけて終わっていただろう。それからは自分が決めたことを告げる時、部下の表情を慎重に観察し、モヤモヤしているようなら、後で「どうや」と声がけしフォローをする。
案件を任せるのに不安が過った時は、あらかじめ部下に話を振り、反応を見たりすることも心がけるようにしている。
だが、仕事上の悩みを言葉にして上司に伝えるのは難しいものだ。30代の女性の部下は気配りが細やかで、「誰々さんは今、仕事量が多すぎますよ」とか、奥山も気づかない部署内の様子を伝えてくれる。
そんな彼女には難題にぶつかるとひるむ傾向があった。例えば、新製品を発売する際はいろんな面でハードルが高い。彼女が関わる新製品の社内調査の結果が、芳しくなかったりすると、一人で抱え込んでしまったりすることがある。
奥山はそんな女性の部下と、「ポジ変」というキーワードを作った。ポジティブに変換の意味で、「ポジ変」が飛び出す時の合言葉は、お互いに好きな漫画の『ジョジョの奇妙な冒険』の主人公の台詞。彼女が仕事上の悩みを抱え難しい顔をしている時は、奥山がそばに近づき、「やろう、面白くなってきたぜ!」と、台詞をつぶやく。すると二人の間に笑いが生まれ、ポジ変の完了だ。
気の利いたアドバイスも必要だろうが、部下を乗せて、ポジティブな気持ちで仕事に取り組めるようにするのも、課長の役割だと奥山は思っているのだ。
社内には、グループのメンバー1人1人と対話する“成長対話”というシステムがある。グループ内のコミュニケーションは、取れていると自負する奥山は、あえてメンバーとの対話は必要ないと思ったのだが。
この人はこんなタイプ、そんな決め付けは慎むべきだと、成長対話を通して彼は今更ながら思い知る。30代前半の男性の部下とは、前の部署からの長い付き合いだ。彼は素直で柔軟で会議の時は、メンバーたちの意見を「なるほど、そうですねー」と、うなずいて聞くスタイルだった。
あいつはみんなの意見を組み合わせて、上手くやるのが得意なんやなと、奥山も思っていたのだ。ところが成長対話の時だった。「僕は自分の意見を理解してもらい、通したいんです」と、胸の内を吐露される。奥山にとって意外だった。
例えば新製品のパッケージについて、彼はローマ字表記にしたかった。だがわかりやすさが何より優先される会社である。カタカナ表記に決まる確率が高い。彼なりに説得の問答を用意したのだが、「もっと説得力のある想定問答が必要でしたね」「よし、次に提案する時は用意した想定問答を見せてくれ。僕もアイデアを出すよ」、次は部下の提案をアシストする、力になることを奥山は約束した。
他人の気持ちになる、課長はこれが大事
若い頃にしごかれた先輩が、自分の部下になるのは気まずいものである。新入社員の頃に指導された大先輩の女性が、奥山のグループに配属になると部長から告げられた。
えっ、僕が彼女の上司に……。戸惑ったが、
待てよ、彼女はどう考えてんのやろ……。彼女は事情があり長期休職を経ている。
もしかして、オレより彼女の方が、メチャクチャ不安なのとちゃうかな……。そう思った奥山は一計を案じた。彼女が部署に初出社する日、少し早めに出社した彼は、先輩が姿を表すと「待ってましたよー!」オフィス中に響く声を上げ、先輩をハグした。これで一気に気まずい雰囲気が解消した気がした。
「あの時は嬉しかった」それは後日、飲み会での先輩の言葉だ。奥山課長にとっては、他者の気持ちになることで自分の気持ちがガラッと変わる、社内的にもうまくいくことを思い知らされた出来事だった。
時には部下に強い口調で諭す時もある。一本気な男だけに、例えば部下が会議を主催する人間の役職によって、態度を変えたりすると腹が立つ。叱ると怒るは違うとわかっていても、ついオフィスで声を荒げたことが、ないでもない。
オレ、ただ怒っているだけやないか…。そんな時、彼は人知れず自己嫌悪に陥っている。
「課長の役割をざっくり言うと、メンバーが存分に力を発揮できる環境づくりですよ」という奥山。アイデアを大切にする会社だ。将来的にはアイデアを効率よく新製品に活かす道筋をつけたい。そして、人事の部署に行きたいという希望がある。人の環境は多様だ。彼の実家も母親が祖母を看る、老老介護の現実がある。人それぞれに応じて働きやすい環境を用意できるのは人事の力だと思っている。
奥山保雄、41歳。7歳と4歳の息子がいる。休日は仮面ライダーごっこをしたり、子供と遊ぶことは大好きだが、それ以外は不得意である。仕事を持つ妻が家事、育児、老老介護の援助を完璧にこなしてくれている。「妻には感謝しているって、絶対書いてください」と、奥山に念を押された。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama