このシリーズは中間管理職本人の本音を紹介していく。社内でも孤立しがちな中間管理職だが、働く現場で何を考え、何に悩み、どんな術を講じているのだろうか。
シリーズ第8回は焼酎を割る果汁入り炭酸飲料のロングセラー、「ハイサワー」の製造発売元、株式会社博水社 営業部長 伴秀雄さん(64)。大手食品メーカーに34年間勤務。親の介護のために57才で早期退社。目黒区内に本社がある従業員20名の博水社には2014年に入社した。昨今のレモンサワーブームの追い風に乗り、主力製品の業務用ハイサワーレモンの売り上げも、17年には首都圏を中心に前年比17%増の約268万本と伸びている。
自らの大企業体質をリセット
北九州出身の伴秀雄は、新卒で江崎グリコに入社。営業、開発、販促、企画等の部署で仕事をし、支店長としても勤務した。25才で結婚、横浜に自宅を構える。役員への芽もなくはなかったが、
「90才の父親を87才の母親が一人で介護していて、“助けてくれ”と言われたら、ここで親孝行をしないと、一生後悔すると思って…」
会社を早期退社、家族を横浜に残し単身北九州市の実家で介護を経験。父親を看取り、しばらく母親と暮らし弟夫婦と交代、横浜に戻った。北九州では時給720円でスーパーの店員のアルバイトもした。介護やスーパーのアルバイトの経験が、大企業のサラリーマン体質をリセットする、いい機会になったと伴は振り返る。
自宅に戻れば粗大ゴミだ。家にいると妻はいい顔をしない。ハローワークで今の会社が募集を目にした。博水社は営業マネージャーのポストを担える人を探していたので、渡りに船で採用が決まった。配送のメンバーを入れて20名という、従業員の少なさに面食らったが売上げは年間十数億円だ。一人当たりの売上高は5千万円以上。生産効率はいい。
伴の仕事はまず、大手の卸しの会社への挨拶からはじまった。割り材のハイサワーはノンアルコールなので、食品関係の飲食部門で扱うことも多い。大手の卸しの飲食部門ならグリコ時代に、加工食品やカレー、レトルト類等を散々売ったお得意さんだ。大手の卸問屋に顔なじみが何人もいる。
「帰ってきましたよ」「しかたねーなー」そんな感じで、商談に呼んでくれるようになる。流通の仕組みは卸問屋から酒屋、スーパー、コンビニ、ドラッグストア等の量販店に商品が降りていく。大手の卸しに食い込めば、シェア拡大のチャンスが得られる。
中途採用者の営業スタイルは名人芸
伴の部下は3名。この会社に新卒はいない。最近入社した40代の男性は独身だ。所帯持ちなら、もっと稼ぎのいい会社に行くに違いない。50代の部下も訳ありで、東北地方の街で長くタバコメーカーの営業マンをしていたが、子供たちが東京で就職。老後を考え東京に移住しこの会社に入社したという。
50代の部下は仕事ができる。特に量販店の担当者との商談に優れている。大手メーカーは飲食業務用のチームと、スーパー等の量販店チームの組織が完全に分かれていて、情報交換もない。だが規模の小さなこの会社は、一人の営業マンが両方を担当している。
「レモンを凍らせて氷代わりに入れるのが、流行っているみたいですよ」
居酒屋で仕入れた話を量販店でする。“売ってください”というメーカーの営業に、量販店の担当者が飽き飽きしていることを、やり手の部下は分かっている。「へー?」担当者が興味を示すと、トークで引き付ける。
「飲み放題の居酒屋だと、若い人の多くはビールより発泡酒を頼んでいます。ビールより飲みやすいから。割り材で自分の好みの濃さにして飲む若い人も、増えていますよ」さらに、新製品も売り込む。
「沖縄特産のシークワーサーは希少果汁で、大手がこれを入れた缶酎ハイを大量生産すると果汁は1%が限界です。うちは規模が小さいから果汁を潤沢に確保できる。シークワーサー果汁が17%入った商品が作れるんです」「でも、1缶300円近い値段は高いよ。缶酎ハイは1缶100円だぜ」「今の若い人はアルコールをあまり飲みませんよ。缶酎ハイを3本買うより、300円のゴージャスな酎ハイ1本で満足する人がかなりいます」
得意先では話しやすい人に説明しても、結果に結びつかないことが得てして多い。50代の部下は誰が納品を決めるキーマンなのか、嗅ぎ分ける能力にも秀でている。
だが、名選手が必ずしも名監督にあらず。この部下がもう少し人に教えることを考えてくれたらと、伴は自分がリタイアまでの長くない時間を見据え、そんな思いを抱いている。
お酒で割って初めてわかる割り材の味
ハイサワーは外飲みの居酒屋で味を覚え、家で試すというパターンがほとんどだ。販路を広げるためにも、居酒屋への営業は欠かせない。30代の部下は首都圏の2000軒近い居酒屋が頭に入っている。
居酒屋の世界は、1年で7割は潰れると言われる厳しい業界だ。30代の部下は居酒屋にお酒を卸す酒屋まわりも欠かさない。例えば懇意の酒屋から、新規オープンの店の情報を仕入れると、既存店か新規の店に足を運び、「あの店もサラリーマン客を狙っています。競合店がやっていないハイサワーを入れて、特徴を出しましょう。うちはレモンサワーの元祖です。品質が他のメーカーとは違う」とか、営業を仕掛ける。開店前の短時間の商談なので、30代の営業マンは無理に押してもダメというツボを心得ている。今日は忙しそうだ、帰ったほうがいいと思うとパッと引き上げ、後日再び営業に赴く。
時には懇意にしている居酒屋の暖簾をくぐり、売り上げに協力することもあるが、部下たちはお酒を介しての営業を謹んでいる。営業マンは少人数だ。酒の飲み過ぎで倒れると、業務に支障をきたすことになるからだ。
だが、割り材は焼酎に割ってはじめて本来の味が出る。仕事をする上でお酒は付きものだ。お酒とどう付き合うのか。ベテラン営業マンの伴も、最初はお酒で失敗している。60才を過ぎた営業マンは、失敗から何を学んだのか。以下、後編に続く。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama