日々急速に加速するIT化、そしてAI技術の進化。その発展の裏には新たなフィールドに金脈を見出した起業家たちがいる。彼らは金脈を掘り進むように、ベンチャー企業を創業しているが、掘り当てたものは近い将来、私たちの生活を大きく変える可能性を秘めている。この企画はIT・AI分野の金脈掘削人に、掘り当てた“お宝”は何か。それが近未来の私たちの生活を、どう変えようとしているのかを訊く。
第1回は株式会社オープンエイト。代表取締役社長兼CEOは高松雄康。5G普及を目前に控え、スマホの動画広告にいち早く注目し、2015年4月に創業。動画広告の配信プラットホームを立ち上げ、既存の企業CMを配信。さらにCMの自社制作、そしてAIによる動画自動生成ツールの提供。調達した資金は総額約40億円。「今期の売上げは二桁億にいってます」(高松)。第2回目は高松の“マーケティングにおける金脈の発見の仕方”を紹介する。
第1話はこちら
10万円だったものを150万円で売ろう
渋谷区の雑居ビルの6階、ジャージのズボンを履いた高松雄康と、会議室で対座している。博報堂を退職後、化粧品等の美容系の口コミサイト、@cosme(アットコスメ)を運営するアイスタイルに役員として入社。疲弊した会社を立て直すための第一弾として、10万円で売っていた@cosmeのサービスを150万円で売れと指示を出す。
10万円でも売るのが大変だった@cosmeの広告を一気に150万円で売れという高松雄康の指示に、営業マンは戸惑った。
「い、いったいどうやって……」
「まずは一緒に謝りに行こう」
「ど、どこに?」
「広告代理店だよ」
それまでアイスタイルはメーカーと直接広告の取引をしていたため、大手絵広告代理店を敵に回していた。しかし、大手広告代理店は大手メーカーのCM制作や、雑誌への広告発注等を受け負うことで手数料を得ている。化粧品や美容業界も例外ではない。博報堂出身の高松は、そんな業界の構造を熟知している。
「今後は一切、直営はやりません。代理店を通して買います」高松は大手広告代理店に出向き、担当者に頭を下げた。そして「これからは口コミの時代が来ます。口コミは効果がある。うちのサイトは売れます」@cosmeのポテンシャルをセールスした。
@cosmeをキャンペーンの構造の中に組み込んでもらう形で、売り上げは伸びていった。これまで150万円の売上げを作るには、15社から仕事を取らなければならなかったが、代理店経由なら、1社で150万円の売上げが作れる。2社なら300万円だ。
スマホの動画広告のポテンシャル
その後はリーマンショック等、厳しい時期もあったが、高松が牽引するアイスタイルは成長。@cosmeの広告頼みだった売上げは店舗展開、電子商取引のイーコマースも伸び、口コミの時代も到来し、社員も数百名を超えた。2012年3月に東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場を果たし、同年11月に東京証券取引所市場第一部へ市場変更した。
――成功を収めた。ハッピーエンドじゃないですか。ふつうはこれで物語は終わりです。
「でもね、アイスタイルにいても、僕の考えていることは実現できないわけで」
――考えていることが実現できない?
「やっぱり僕はマーケティングの人間なんですよ。化粧品業界全体のマーケティングのパイは3000億円。僕がやりたかったのは、この3000億円のマーケティング市場を狙うことで。いや、1兆円を超えるデジタルのマーケティング市場を狙いたかった」
「高松は誰かの下で働くより、社長に向いているよ」、それはアイスタイルの社長の吉松徹郎のアドバイスだった。
株式上場でゲインを得た。当分、家族を食わしていける。さて、次世代のマーケティングを見据えて、どんなベンチャー企業を起こすか。
コンテンツを提供することによって、既存のマーケッティング手法を変えることはできないか。通信技術の進歩に拍車がかかっている。5Gの普及は間近だ。スマホの動画のクオリティはどんどん上がっている。2015年当時、スマホの動画のムーブメントが迫っていることを、マーケティングの仕掛け人たちは感じていた。
「ネットってさ、自分の調べたいことや興味のあることを検索エンジンに入力しないと、アウトプットできないよね」
「その意味ではYouTubeも多くの場合、目的に合わせて検索をかけますよ」
オープンエイト創業の15年4月前後、高松と身近なビジネスパートナーたちの話は盛り上がっていた。
「テレビはすごいよな」
「えっ…」
「テレビって目的があって見ているわけじゃない。テレビのCMは、今まで知らなかったサービスを伝えることで、目的がない人に興味を持たせたり目的を持たせたりする」
「ということはテレビCMには、今までになかった市場を作りだせる、そんな可能性があるということ…」
「動画の世界は情報量が多い。これまでテレビの独断場だった動画のCMが、確実にネットに来るぞ」
動画元年と言われた2015年、「動画×広告×スマホ」と考える人間は何人もいた。他に抜きん出るにはまず、動画広告の配信の基盤となるプラットホーム作りだ。一番最初にやった人間が一番のメリットを得られる。高松はいち早く女性向けスマートフォン動画マーケティングプラットホーム、「OPEN8 AD Platform」を開発。15年4月に会社を立ち上げると、配信サービスを開始した。
「代理店さんを通してくれても構いません。うちにテレビCMを預けてくれたら、有名なサイトに動画広告を流せますよ」
そんなセールストークで営業を仕掛ける。テレビの視聴率は落ちている。スマホの動画広告のポテンシャルに各企業は気づいている。女性をターゲットにする企業からの出稿は順調だった。
だが、借りてきた動画CMを配信する、そんなビジネスモデルは高松雄康のイメージの中では序章に過ぎなかったのだ。
以下、次回に続く。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama