【動物園を100倍楽しむ方法】第10回 ムフロンとヒマラヤタールの飼い方
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動物に興味がある。大好きな動物園のいろんな生き物について知りたい。そこで日々、動物に接する飼育員さんのお話をじっくり聞こうのがこの連載。動物の逸話を教えてもらおうというわけである。
今年開園60周年を迎えた東京都日野市に位置する多摩動物公園。上野動物園の約4倍という自然が残る敷地は自然公園のようだ。柵を使わない形の展示は、野生に近い動物の姿を観察できる。
今回のムフロンと、ヒマラヤタールという動物をご存知だろうか。工事中のアジアゾウ舎の正面に並ぶ形で、ムフロンとヒマラヤタール(以下・タール)の展示舎はある。ムフロンはヒツジの先祖、地中海沿いの山地等に生息する。ヒマラヤタール(以下・タール)はヤギの仲間でヒマラヤ山脈等の高地生息。ジャンプ力に優れ、野生では岩場を飛んで歩く。
ともにツノがあり群れで暮らす。繁殖や飼育もしやすい草食動物で、新人の飼育員が担当するケースが多い。飼育員12年のキャリアがある山本達也さん(32)は、ムフロンとタールの繁殖と、飼育の仕方について、マニュアルのようなものを確立したいと考えている。
期待する今年のゴンとダノ
僕は前の葛西臨海水族園の飼育員時代から、ペンギンの血統の管理を担当していまして。約1800羽と日本のペンギンの中で、最も数が多いフンボルトペンギンをすべて把握し、血統を考慮して繁殖計画を立てる仕事をしていました。
ムフロンとタールも、冬の発情期にメスの群れに強いオスを入れ繁殖させると、そのオスの子だけに血統が偏る。出産頭数が増えて、しばらく繁殖を止めると世代が偏り、寿命を迎えた時に動物の数が急に減る。また、飼育スペースに適した頭数を維持する。これらを計画的にできないかと。
増えたら他の動物園に移動させればと思いがちですが、繁殖が比較的容易なムフロンやタールは、各動物園にもそれぞれ事情があり、右から左にというわけにはいきません。
メスの群れにオスを入れるのではなく、隔離したオスの中に、メスを誘導するやり方はどうだろうか。そうすれば血統の偏りを防げるし毎年、1〜2頭の計画出産が可能になり、バランスの取れた年齢構成の群れになるのではないか。
今年の冬の繁殖期は、ゴンというタールのオスと、メスのユリのペアリングを試みました。大好きなペレットを使い、ユリをオスのゴンの獣舎に誘導して。ゴンは気が小さい反面、好奇心が旺盛です。一方ユリは、他の個体を追い回したりする、気が強いところが心配でしたが。ゴンとくっ付けてみると案ずるより産むが易しで、スッと2頭は馴染みまして。今年の春の出産が楽しみです。
ムフロンの方はオスのダノと、メスのマルのペアリングを試みました。マルは14年に伊豆アニマルキングダムから来て昨年、ヒロトの子のレオンを出産しました。ヒロトはツノも立派だし体も大きい。ここ数年は大半がヒロトの子供で、遺伝的な偏りを防ぐ意味でダノに期待したのです。
ダノはヒロトと比べると、体も小さくツノも貧弱です。ペアリングの時はオスがメスの後ろから追いかけていくのですが、ダノがアプローチしても、大柄なマルはイヤだと小走りに逃げてしまって。ダノはメスに嫌われて相手にされなかった。ペアリングの時は2〜3週間は24時間一緒にしますから、まったく期待していないわけではないのですけども……。
弱い個体がツノで殺られないためには?
飼育スペースに適した数の飼育は大切で、特に群れで飼育するメスのタールは、数が多過ぎると槍のように尖ったツノで、弱い個体を刺すことがあります。ツノで刺されたメスが死ぬケースは過去にかなりあって。僕が担当してからも、動きが鈍くなったおばあちゃんタールが朝、倒れて死んでいたという事故が一回ありました。
「ツノは危ないから、考えた方がいいんじゃないか」「メスのツノも丸く削ったほうが安全じゃないかな」そんな獣医さんのアドバイスもありますが、僕はタールのツノはかっこいいと思っています。本来、動物園の動物は形を変えずにお客さんに見てもらいたい。ツノをそのままにしても事故なく展示するには、個体数の調整だと考えていました。
おばあちゃんタールが死んだのが去年の春で、タールのメスの群れは8頭から7頭に減った。すると、メスがツノで他の個体を傷付ける事故がピタッとなくなりました。8頭の時は弱い個体が追いかけ回され、他のタールに近づきすぎ、そこでも追いかけられ、ツノでやられるというパターンでした。
7頭だと追いかけられても、他の個体に近づきすぎることがないので、タール同士のツノの事故がない。今の飼育場の広さでタールのメスの群れを飼育するには、7頭が限界だ。その数ならツノを削らなくても大丈夫だなとわかってきました。
フェブと仲良くやるアプローチ
ツノといえば、ムフロンのオスは立派なツノがありますが、生まれて1ヶ月半で小指の先ぐらいのツノが出てきます。冬の間はツノの伸び方が遅いのは発見でした。それが春になると、タケノコみたいにワッーと成長します。3年で70㎝ほどになる。ツノが大きくなるに従い、しっかりと食べて体も大きくなり、メスの気を惹く姿になります。
そのムフロンのメスたちは今、ちょっと落ち着かない状態です。前はサトミというリーダー格のメスがいて。サトミは飼育員が近づいても逃げず、どっしりしていたので、他のメスも落ち着いていました。ところがサトミが昨年春に死んで、群れに落ち着きがなくなった。
屋外の飼育舎の掃除で音を立てると、群れがバーッと走り回ったりする。それが原因で段差に躓いたりして、ケガをすることも考えられます。なんとか群れの落ち着きを取り戻さなければいけない。
要はサトミのように、群れの中で最初に動き出す個体です。それが今はフェブというメスで、このムフロンがどっしりしていれば群れ全体も落ち着きます。それにはある程度、フェブと飼育員が親近感を持たなければ。今、フェブが僕の近づいた時、ペレットを足元に撒いたりして、彼女と仲良くやるアプローチを試みています。
「動物の行動を発信するシグナルととらえ、“なんでだろう”と常に自分に問いかけないと、“発見”はない」飼育員になった当初、先輩に教えられたこと今も基本になっています。ムフロンとタールの群れでの飼育と繁殖のマニュアル化には、その言葉が僕の飼育員としての羅針盤です。
動物園の赤ちゃん秘蔵ショットを公開!
多摩動物園では1月29日に3匹のアムールトラの赤ちゃんが誕生した。残念ながら誕生後に2頭が亡くなってしまったが、現在オスの赤ちゃん1頭を飼育中。公開日などは掲載時点では未定とのことだ。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama