■あなたの知らない若手社員のホンネ~ 東京都交通局/石井竜大さん(28才、入社3年目)~
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若手社員の仕事に対する想いを知ることは、中間管理職にとって部内の人間関係を円滑に保つうえで必須だ。20代の若手にとっても同世代がどんな仕事に奮闘しているか、知りたいところだろう。これまでバライティーに富んだ職種に就業する若手社員を紹介してきたこの企画、今回は東京に唯一残る、都電荒川線の運転士の登場だ。
シリーズ45回、東京都交通局 電車部 荒川電車営業所 東京さくらトラム(都電荒川線)運転手 石井竜大さん(28・入局3年目)である。
最盛期の1955年には営業キロ約213kmにわたって、都心を中心に40の運転系統を擁していた都電、現在は荒川線だけが残っている。三ノ輪橋〜早稲田間(12.2km・30停留場)を約1時間かけて走る。利用客は約4万7000人、沿線住民の他に観光客にも人気がある。無人化が進むAIの時代、自動化された安全装置等はほとんどなく、運転士の目視に委ねられる都電は、昔と変わらぬアナログ公共交通機関である。
JR北海道から都電の運転手に転職した石井さんは、都電の車内や車窓にどんな景色を見ているのだろうか。
事故は防げたが自分の中での失敗
実地で運転を教えてくれた、先輩でもある師匠は、「右折車注意!」「横断場注意!」とか、マニュアルで定まっていること以外でも、運転中に確認の声を上げます。荒川線は自動車と並走したり、交差点や踏切がたくさんある。声を出すことによって、周りに気を配る意識がさらに高くなる。
路面電車の運転中は、周囲により多く気を配ることが何より大事ですから。僕も師匠を真似て、運転中は注意箇所に差し掛かると、声を出して確認するようにしています。
これまで事故を起こしたことはありませんが、大塚駅前の一心病院下交差点は、人や右折車が多い要注意地帯です。ある時のことでした。「右折車注意!」と声を出し、この交差点に進入すると、すぐ目の前をタクシーが横切ったんです。
「危ない!!」瞬間的に、運転手になって初めて非常ブレーキをかけた。ガン!電車はタクシーの5〜10cm手前で止まって、かろうじて事故を回避することができました。
「何だ、今のタクシー!?」「メチャクチャな運転だ!」いきなり電車が止まり、びっくりしたお客さんは窓の外に目をやり、口々にそんな声をあげていました。
すぐに無線で営業所に報告し運転を再開。営業所に戻ると、「よく止まれたな」先輩たちにはそんな褒め言葉をもらい、事故を未然に防いだということで、図書券のようなものをもらいました。でもこの一件は僕の中では運転失敗の事例です。
もっと気配りをしていれば、タクシーが飛び出しを予測できたのではないか。何よりもお客さんを驚かせ、心配させてしまったことが、苦い思い出として僕の中に残っています。
都電はリニア新幹線より刺激的!?
荒川線を運転していると色んな風景を目にします。お散歩中の保育園の子供たちが、都電に手を振ってくれると、僕も笑顔がこぼれます。「沿線の子供たちに愛されるのも大切だよ」と、師匠には言われていますから。子供たちにはピロピロピーンという感じで、メロディホンを鳴らしたり。運転の仕事は裏方というか、成果が見えにくのですが。
安心して乗ってくれているんだな、よかったなーって、運転中にそんな思を抱くのは、お客さんが楽しくおしゃべりをしているのを車内ミラーで見たり。コックリ居眠りをするお客さんを目にした時も、運転席で充実した気持ちになれます。
挨拶は僕からもしますが、乗車の時に「おはようございます」、降車の時に「有難うございました」と、お客さんに声をかけてもらえるのも嬉しい。どこまで乗っても一律170円、ICカードだと165円、下町を走る都電荒川線は地域の人と密着しているからでしょうか。「これおやつに食べなよ」って、おばあちゃんがピーナッツパンをくれたり。この前は「余ったから」って、袋入りの即席ラーメンをもらった。レトロ調の駅も多いし、バスと違って都電にはなつかしさというか、タイムスリップしたような独特の雰囲気があります。
“都電は優しい”お客さんに根付いたそんなイメージと、いつも動いているという信頼感も大切にしたいからでしょうか。大雨でも大雪でも「注意運転で行ってください」と、都電はなかなか運行中止にはなりません。
ある時、都心にヒョウが激しく降った日があって、前がよく見えない。運行管理の部署に無線で連絡すると、「注意運転で行けませんか」と。でも、ヒョウで窓ガラスが割れそうでしたから、「視界が悪いので大塚駅で待機したいです」と要請して、天候が落ち着くまで発車を見合わせたんです。
結果的に、運行管理の指令塔のような先輩に背くようなことになってしまった。「さっきはすみませんでした」、営業所に戻ると、その先輩に謝りました。すると先輩は笑顔で「気にしなくていいんだよ」と。
運転手を信頼し、安全管理については委ねているという思いが伝わってきました。
今、30停留場を往復2時間ほどかけて1日3〜4往復、運転しています。テンポよく車内放送をしたり、お客さんのスムーズな乗車を促すこともでき、それがダイヤ通りの運行につながっています。数多くある沿線の信号も、それぞれ代わるタイミングがわかってきて、先を読んで運転できるようになった。運転手としてようやく走れるようになってきたかなと。
今は運転が楽しいですね。運転中は次々と安全確認の判断をしてスリルングです。ダイヤ通りに走れた時は達成感があります。僕にとって、都電は最先端のリニア新幹線の運転より刺激的かもしれません。
都電荒川線は「東京さくらトラム」と別名があるほど、さくらが咲く時期は車内から花見を楽しめます。特に学習院下駅から面影橋駅までの間は、神田川に沿って続くさくら並木と並行して走ります。
さくら並木の手前で川を渡るのですが、橋から眺めるさくらの景色がきれいで。時にはお客さんが眺めたり写真を撮ったりできるように、ゆっくりと走ります。お客さんに喜ばれる走り方、それを教えてくれたのも先輩たちでした。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama