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人は思い描いたように生きられるものではない。壁にぶつかり思い悩む。だが、自分の意思や夢は誰に肩代わりしてもらうわけにいかない。訳ありの事情を背負った若者が、ぼんやりとでも目標を見定め歩き出し、徐々にはっきりと自らの道を自覚していく。本企画、「Re start」ではそんな若者を紹介する。自ら選んだ就活で社会人として踏み出し、何かを見出した若者の人生にうなずき、静かに拍手を贈る企画である。
シリーズ第4回、マテリアルワークス株式会社 営業部池田将さん(22)、入社は今年8月。マテリアルワークスはプラスチックやゴムの素材を中心に扱う商社として、国内外の大手メーカーと取引している。社員は15名ほどだが、年商はおよそ50億円。
高校時代の思わぬケガが遠因となり、大学受験に失敗。警察官を目指し専門学校に通うが、合格を確信していた時に、自分の知らなかった事情で警察官への採用は不可に。22才で、しかも自らが引き起こしたわけではない要因で、2回も大きな挫折を味わった池田さんだが、再び前を向こうと始動する。
再び前を向いて始めた就職活動
「僕は自分で就職活動します」と、専門学校の担当の人に伝えました。失うものは何もない、イチかバチか自分が納得できる就職先を、自分の力で探そうと思ったのです。
大学受験の失敗、目指していた警察官になるという夢も叶わなかった。だからといってフリーターやニートになることは考えませんでした。ラクだなと自分の中で思う方を選んでも結局、そのツケは将来的に自分に回ってくる。そう考えるのは、母親に幼い頃から「自分が正しいと思うことをしなさい」と、言われ続けたことが、影響をしているのかも知れません。
僕が考えたのは、就職支援の会社の力を借りて、正社員につなげようという道でした。ネットで検索した大手の就職支援の会社にエントリーし、説明会に参加したんです。対応してくれた担当の男性に、これまでの経過を掻い摘んで話をして。「草野球チームに所属しているので、毎週日曜日は野球があります。土日休みの会社がいいです」。正社員としての職種は、事務か営業と希望を伝えて。「じゃ、連絡するから待っていてよ」という話をもらったんです。
これでしかるべき会社を紹介してもらえる、正社員になれるぞと期待するじゃないですか。ところが就職支援会社の担当者からいっこうに連絡がない。しびれを切らして担当者に電話を入れてもつながらない。
僕は学歴も職種もない、この人間は使えないと思われているに違いない。だから連絡をしてこないんだ……。そんな気持ちになりました。ですから、就職支援の会社にはあまりいい印象が持てなかったんです。でも、ブラック企業を避けて正社員になるには、就職支援会社の力を借りる以外に方法を知りませんでした。
頼みにしていた就職支援会社からは、2ヶ月近く連絡がない。これはまずいと。次はYouTubeで知った別の就職支援の会社に、ネットからアプローチをして。アポイントメントを取ると、その会社に出向いたんです。
対応してくれた担当者に、これまでの僕の経歴を簡単に説明しました。すると「ここへ行ってみたらどうだろ。キミにピッタリの支援会社かもしれないよ」と、提携関係にある別の就職支援会社を紹介されたんです。それがジェイックでした。
早速、ジェイックに連絡を入れると、「7日間の就職カレッジ(旧営業カレッジ)という研修を受けて、集団面接という流れになるんですけど、1日研修という新しい試みをはじめたんです。池田くん、これを受けてみてはどうかな」と、電話口でそんな話になりました。
自分の将来は、自分で作っていく
学歴も職歴もない、使えない人間として烙印を押されるかもしれないと、半ば諦めに似た気持ちでした。1日研修もそれで十分なのか不安があった。ネガティブな思いを抱きつつ、千代田区神保町の本社で行われた1日研修に参加したんです。研修ではまず、履歴書の書き方や名刺交換の仕方等、基本的なことを教えられました。
僕が参考になったのは、面接で好印象を与えるには、どうしたらいいかという講習で。「池田くん、面接官が自分を好きになってもらうためには、もっと柔らかい表情で」僕は笑顔を作ることが苦手で、ニコニコすることができなかったんですよ。すると、
「企業をね、恋人だと思うんだよ」と、研修の担当者にアドバイスされまして。なるほどなと思いました。
何より研修に参加して良かったのは、講師を務めた男性の担当者が、僕の話をじっくりと聞いてくれたことでした。大学受験を目指したけど、高校時代の身に降りかかったアクシデントで大学進学が絶たれたこと。心機一転、目指した警察官への道は自分が預かりしれぬ事情で、絶たれてしまったこと。フリーターやニートは選びたくない自分の性格。そしてもう一度、自分の中で目標を持ちたいこと。
僕の目を見て頷きながら、長い話を聞いてくれた後、担当者は「いろいろあったんだね……」と、声をかけてくれました。そして、
「自分の将来は、自分で作っていくんだよ。僕らは就職の支援を協力する。後は自分でやって行くしかないんだ。頑張れ!」と、諭すようにアドバイスをされました。
1日研修が終わると、翌日と翌々日が集団面接会で、16社ほどと面接をしました。企業の面接官はこれまで多くの場数を踏んでいる。背伸びをしてもしょうがない。ウソをつかない、誇張をしない、今までのことを包み隠さず淡々と語る、等身大の自分を見てもらって、ダメだったらしょうがないという思いで臨みました。
そんな僕に興味を示してくれる会社が何社かあったんです。最終的に規模の大きな会社と、マテリアルワークスの2社に絞りました。
「商社ってどういう仕事か知っていますか。商社は会社と会社の間に立って橋渡しをするんです」そんな感じで、マテリアルワークスは初歩から、丁寧に仕事のことを説明してくれました。
仕事はポリ袋、シャンプーのボトル等々、日用品の原料に数多く使われているプラスチックとゴムを主に扱っている。
社員は15名ほどですけど、従業員数で会社の価値は決められない。マテリアルワークスの理念は「挑戦」ですし、ここならいろんなことに挑戦させてくれるに違いないと。
商社は人気がありますし、事前に渡されたマテリアルワークスの資料には、麹町のオシャレなオフィスの写真があって、僕と一緒に面接を受けた十数人の評判は良かったんです。
入社してみると、営業の人たちは取り扱うプラスチックやゴムの素材について実に詳しい。英語に堪能な人もいる。優秀な人たちばかりです。なぜ、学歴も職歴もない僕だけが採用されたのか。
勝手に想像するには、僕は会社勤めの経験がない、真っさらだから一から鍛え甲斐がある。できた人間ではないが、間違えたことはしない男だと、そういうところを見てくれたのではないかと。
入社は今年の8月です。先日は千葉にある工場から麹町のオフィスへの戻りが遅れてしまったのに、一報を入れず「ホウ・レン・ソウがなっていないね」と、上司に注意されまして。そんな初歩的なことから指摘してくれる上司に恐縮しています。
上司とともに、長年お付き合いのあるお得意さんの元を訪問した時は、新入社員だと紹介され、「うちが何を扱っているのか、説明しなさい」と促されまして。あの時もお客さんの前でしどろもどろになってしまった。
うちの会社はたくさんの種類の原料を扱っていて、そのグレードも幅広い。それぞれに用途があって、まだ全体の1割も頭に入っていません。でも、今の僕ははっきりした目標があります。
1年後にはうちの会社の扱う原料と用途を、すべて頭に叩き込み、よどみなく話ができるようになりたい。自分の担当のお客さんと信頼関係を築いて、一人前の営業マンになります。