動物園を100倍楽しむ方法】第5回 南西諸島の生き物たち
動物が大好きだから、もっと動物園の生き物について、いろんなことを知りたい。みんなが知らない動物園の動物のトリビアを周り人に教えたい。それには動物園の飼育員さんに聞くのが一番だと考えたのが、この連載。私たちが知らない動物園の動物のいろんな逸話を、飼育員さんに教えてもらおう。
開園60周年を迎えた東京都日野市に位置する多摩動物公園。上野動物公園の約4倍という豊かな自然が残る敷地に、できるだけ柵を使わない形で動物を展示している。今回紹介するのは南西諸島の生き物。多摩動物公園では鹿児島から台湾までをつなぐ、大小様々な島に生息する南西諸島の昆虫、爬虫類、両生類、12種を飼育・展示している。
飼育・展示の場所は四季を通して30種近いチョウが舞う、昆虫生態園の入り口だ。
今回、話を聞いたのは南西諸島の生き物を担当する飼育員の古川紗織さんである。神奈川県で育った古川さん、子供の頃から昆虫図鑑を見るのが好きだった。トンボやカブトムシやクワガタを捕まえた思い出もある。井の頭自然文化園ではモルモットがいるふれあいコーナーを担当したが、原っぱや池や雑木林が配された園内の“いきもの広場”に集まる昆虫も、図鑑等で調べて勉強した。
4年前に多摩動物公園に赴任すると、すぐに南西諸島の生き物の飼育担当に携わった。
イタドリ、あっ、食べた!
多摩動物公園の飼育記録を調べたり、前任者から飼育の仕方の引き継ぎをするのは、他の動物を担当するのと変わりません。昆虫の寿命はだいたい1年サイクルですが、なるだけ長生きさせるためにまず、いい状態での飼育を心がけます。
昆虫は微妙な変化に敏感で、寒すぎても暑すぎても死んでしまう。夏は飼育ケース内が30℃を超えないように、冬は20℃を下まわらないように冷暖房に気を配って。乾燥しすぎないよう霧吹きをかけたりもします。
質のいい餌も大切です。例えば舌を噛みそうなダイトウクダマキモドキ。バッタ目ツユムシ科の昆虫で「クダマキ」はクツワムシの別名。クツワムシに似ているから「モドキ」、生息は大東諸島なので「ダイトウ」が頭に付いた。
昆虫も餌の好き嫌いがあります。ダイトウクダマキモドキは餌として与えてみた野外の葉で、活用できるのはタデ科のギシギシの葉だけと、これまでの飼育記録にありました。でも食べられるものは多く見つけた方がいい。そこで、園内にも自生している同じタデ科のイタドリの葉を与えると、もぐもぐと食べ出したんです。
あー、食べた!
嬉しかったですね。ダイトウクダマキモドキの主な餌は、購入したコマツナとリンゴですが、春は餌にいろどりを加えます。昆虫園の裏側でバッタ担当の職員が、予備の餌としてコマツナを育てていて、春に黄色いきれいな花を咲かせる。
バッタの仲間には幼虫が、花粉を食べる種類がいる。そこでコマツナの花を分けてもらい、ダイトウクダマキモドキに与えてみると、幼虫だけでなく成虫も、花を好んで食べてくれたんです。
ツダナナフシは体長10数cmと、ふつうのナナフシと大きさは変わりませんが、体は太くて持つと重みがあり、胸部はゴツゴツしていてヨロイのようです。ヨロイには光沢があって、よく見るとつぶらな目をしている。
ツダナナフシは、園内の温室で育てるタコノキ科のアダンという植物しか食べません。夜行性で、昼間はほとんど動かないのですが、たまに昼間に餌を食べる時は、バリバリとすごい音を立ててアダンの葉を食べる。飼育していると、そんなシーンも目にすることができます。
昆虫の寿命は短くて、繁殖の工夫に思いは馳せる
昆虫は幼虫の時から脱皮を繰り返しますが、ツダナナフシも半年ぐらいかけて6回脱皮し成虫になります。脱皮した殻は自分で食べてしまうことが多いのですが、飼育をしていると目の前で脱皮するシーンや脱皮の殻を観察できる。
ツダナナフシは身を守るため、湿布のような馴染みのある刺激臭の液体を、胸部の背側から噴射します。ある時、ケース内の脱皮の殻に触れてみると噴射液の臭いがして。
噴射液の入った袋まで、脱ぎ捨てるように脱皮し、何もかも新しいものに替えるんだ……
ツダナナフシの面白さを、生き物の面白さをまた一つ、発見した思いでした。
昆虫には木の枝等に擬態するものが多いのですが、擬態が得意なツダナナフシはふつうのナナフシに比べて横幅が太い。なぜかと言うと、食草のアダンの葉が窪んでいて、そこにピッタリとはまり、隠れることができるような形になっている。飼育・展示していると目の前でそんな擬態も観察できます。
飼育員は誰もが、自分が担当している動物に思い入れがあります。私も飼育している南西諸島の12種の昆虫や、爬虫類や両生類が可愛い。みんな顔つきが違います。目が丸かったり細長かったり、かなり主観的ではありますが、たまに目があったりすると、あっ、お腹が空いてるんじゃないかなとか、感じることがあります。
だからといって、死んだ昆虫に感傷的になっている余裕はありません。昆虫の寿命は短くて、早いものは数ヶ月で代替わりをしますから、繁殖をコンスタントに維持していかなければならない。それも飼育員の仕事です。
例えば繁殖が難しいクロカタゾウムシは、その名の通り長く伸びた口の部分が、ゾウの鼻のように見える、ひょうたんみたいな形をした体長1.5cmほどの甲虫です。これは飛べない代わりに世界一硬い虫と言われていて。ステンレスの針が刺さらず、標本にする時はテープで止める。あまりの硬さに鳥が食べない、それで身を守っていると言われています。
クロカタゾウムシは、マテバシイやクヌギのドングリの中に幼虫を産みつけます。そこで私たちがドングリに切れ目を入れ、卵を産み付けやすくしてあげる。乾燥しすぎないよう飼育のケースの中に霧吹きをかけて。
クロカタゾウムシの幼虫のエサになるドングリは、秋しか入手できませんし、長期保存が難しい。そこで代用品となるエサをいくつか試しています。サツマイモに5mmほどの穴を開けて卵を入れてみましたが、孵化した幼虫がサツマイモを食べてうまくいく時と、そうでない時があって。今は人工飼料を試していますが、より安定したクロカタゾウムシの繁殖方法を確立するのは難しい。
多摩動物公園では、小笠原諸島のチョウの保全活動に取り組んでいまして。オガサワラシジミという絶滅危惧種の保全に力を入れています。
南西諸島のいきものの他に、私はオガサワラシジミの担当もしています。05年から多摩動物公園ではじまった、この絶滅危惧種のチョウの飼育は、コンスタントに繁殖する方法が確立されていませんでした。オガサワラシジミが常態的に交尾をするにはどうすればいいのか、それが課題だったのです。
「飼うこと自体、うまくいくと楽しい」と言う古川飼育員。「大型動物の飼育に比べれば体を使う労働は少ないけれど」飼育と繁殖を大きなテーマに、図鑑や文献やこれまでの飼育記録に目を通して。習性の異なるそれぞれのいきものの展示ケースは、一つの小世界のようにも思えてくる。
古川さんは、オガサワラシジミの小世界をジッと観察し、やがて課題たった安定した繁殖方法を確立していくのだが、その物語は後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama