あなたの知らない若手社員のホンネ~横浜市役所/磯田絵理香さん(28才、入庁6年目)~
20代の仕事へのモチベーションを知ることは、管理職にとって良好な職場づくりの一丁目一番地。若い人にとっても、同世代がどんな仕事に悪戦苦闘しているか、興味があるところだ。で、今回は市役所の役人。シリーズ初の公務員の登場である。
29回目は横浜市役所 横浜市市民局スポーツ統括室 オリンピック・パラリンピック推進部 オリンピック・パラリンピック推進課 磯田絵理香さん(28才)入庁6年目だ。
“休まず遅れず働かず”そんな役人への陰口に、悔しい思いを抱いているという彼女、“意味のあることをやりたい”と、公務員を選択し、最初に赴任したのは市内の区役所の保険年金課。国民健康保険の窓口に立ち、これまでの人生で出会ったことがない、いろんな人と接することになる。
■人は十人十色、初めて出会う人々
大学時代はアメリカンフットボール部のマネージャーでした。就活をはじめるとどこか違和感を感じて、人生という長いスパンで仕事を考えた時、意味のあることをやりたい。社会のために役に立つことをしたいと。公務員の仕事を調べてみると、社会のために仕事をする業務がこんなにあるんだと知りました。市民の顔が見える現場で働きたい、街づくりや都市経営も担ってみたい。それには地方公務員がいいかなと。私は横浜市民ですし、横浜市役所は第一志望でした。
最初の赴任先は横浜市鶴見区役所の保険年金課。鶴見区は丘陵地を含めて住宅地が広がりますが、川崎とともに京浜工業地帯を支える地域でもあります。私の仕事は主に国民健康保険を担当する窓口業務でした。窓口にはいろんな方がいらっしゃいます。お客様は十人十色で皆さん、違った背景を持っている。私がそれまで生きてきた中で、出会ったことがない方々もたくさんいました。いろんな方がいることを、身をもって知りました。
例えば、ある高齢の男性は窓口で保険料が高すぎると。「俺はこの10年、医者にかかったことがない。それなのに毎月、年金から金を取られて、なんでこんなに高いんだ。もう払いたくない」そんなお客様には、資料を見せながら保険料の計算の仕方を丁寧に説明します。
「基本になる保険料は決まっていますが、所得によって金額が上積みされる仕組みなんですよ。国民健康保険は国からのお金や、皆さまからお支払いただいた保険料で、個人の医療費が3割負担で済むように、皆さまで支えていく制度なんです」
窓口を担当して間がない頃は、説明をする中でも、私の言葉遣いがなってなかったといいますか。相手の方にうまく伝わらなくて。
「いつ自分に万一のことがあるか、わからないじゃないですか」と言うべきところだったのでしょうが、「いつ怪我するかわかりませんし、いつ事故にあうかもわかりません」という感じの言い方をしたら、「あんたなにかい、俺が年寄りだからそんなふうに見えるのか!?」と、窓口でお客様が怒り出してしまったり。
窓口を訪れるお客様は、いろんな背景を抱えています。その方の状態に合わせて伝え方を選んでいく必要があって。例えば高齢の方で話をしていて耳が遠いと感じたら、カウンターから身を乗り出すようにして、大声ではっきりゆっくりと。ただし、個人情報にあたる部分は静かな声でお話をして「ここをご覧ください」等、書類を指差したりします。
■自ずと限界、その中でも広い視野で
鶴見区は外国人も多い。窓口を訪れた中にはマダガスカルとか、初めて出会う国籍の方もいました。一番困った経験ではベトナムから来た若い人で、日本語はもちろん、英語もできない。果たして身振り手振りで大切なことが伝わったのか。大切なことは必ず伝えなければいけませんから。“病院、病気、怪我”と紙にローマ字で書いて。病院で保険証を見せると、3割負担で医療が受けられることは絶対に伝えたかったので、“30%!”と、大きく紙に書き加えました。
「とにかく困ったらこの窓口に来て!」と、最後に多分、日本語で声を張り上げたかもしれません。
窓口には母子家庭のお母さんも来られます。その中には国民健康保険制度自体を知らない方もいました。「保険証をこれまで持ったことがありますか」「お医者さんにかかる費用が、3割ですむんですよ。子供さんも安心して病院に行けます」
それでも医療費の負担が苦しい。生活保護の申請が受理されますと、基本的な医療費は免除になりますが、それにはいろいろな条件があり、生活保護を受けられない事情のある方もいます。国民健康保険の医療制度自体、ほころびが目立つところも感じました。窓口に来られる方は本当にいろんな事情を抱えています。
私は横浜市の職員として、お役に立ちたいと思っていても、おのずとやれることには限界があるわけで…。困っている方に対して、なんとかしてあげたいと思っても、それができない時もあって。そんな思いが募った時はモチベーションが下がりましたね。
「確かに制度上はそうであっても、何でこういう決まりになっているのか、理解できません」ある時、上司にそう相談したことがあります。すると、
「私も同じ疑問を持つことがあるよ」上司も率直な気持ちを吐露してくれました。「でも、長い歴史があって、日本が誇れる国民皆保険を維持し、今に至っているんだ」と。
窓口業務に慣れて視野が広がっていくと、私個人で制度は変えられませんが、窓口での伝え方の質は変えることができると気づいていきました。区役所のいろんな部署の人と知り合い、話を聞いているうちに、制度はつながりを持っていることがわかってきて。窓口の担当になって最初は、国民健康保険の制度のことしか話ができませんでしたが、高齢者は介護保険制度も必要な時があります。
高齢者で介護保険の適用が必要な方には、その手続きをメモに記して、「あの窓口で介護認定についての申請もしてください」と、お願いをします。母子家庭等で経済的に苦しい方には「母子家庭の方を援助する制度があります」と、その制度をご案内したり。
亡くなられた方の場合は保険証の解約や、親族の方がいろんな手続きをしなければなりません。他の窓口で使っていた死亡手続きのチェックリストをもらってきて、「これも一緒に確認してください」と手渡したり。窓口を訪れた方がたらい回しにならないよう、できるだけスムーズに事務手続きができるようにして、お客様の満足度を出来る限り高める試みをしました。
そんなある日のことでした。精神疾患を抱え、家族もいない、健康保険の仕組みも受けられる医療制度もわからないという中年の女性の方が、私が担当する鶴見区役所の国民健康保険の窓口を訪ねてこられました。
“意味のあることをやりたい”と公務員になった磯田さん、区役所の国民健康保険科の窓口で、これまでの人生で出会ったことのない人々と触れ合った彼女は、いったいどんな“意味のあること”を学んだのだろうか。
区役所から一転、オリンピック・パラリンピック推進課に異動した磯田さん。少なからず社会の歪みを背景に抱えた市民を含め、一公務員としてオリンピック・パラリンピックをどう行政に生かしていこうと感じているのか。
それは後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama