動物園を100倍楽しむ方法】第一回 ゾウの飼い方
動物が大好きだ。もっと動物園の動物たちと親しみたい。動物園の生き物についてもっといろんなことを知りたい。子供や友人に動物たちのトリビアを披露して一目おかれたい。それには動物園の飼育員さんに聞くのが一番だ。みんなが知らない飼育する動物のいろんな面を、飼育員さんに教えてもらおう。
東京都日野市に位置する多摩動物公園は、上野動物公園の約4倍という広大な敷地をもち、できるだけ柵を使わない形で動物を展示している。今回は多摩動物公園でアジアゾウの飼育を担当する飼育展示課、南園飼育展示係の伊藤達也さん(28才)に、アジアゾウの知られざる生態と、ゾウと飼育員さんとのエピソードを聞いた。
多摩動物公園で飼育するアジアゾウは3頭。現在建設中の新ゾウ舎で暮らす、国内最高年齢のオスのアヌーラ(推定65才)。赤い三角屋根のお城で知られる現在のゾウ舎に、スリランカから2012年に来園したメスのアマラ(13才)。同じく12年に来園したオスのヴィドゥラ(10才)が飼育されている。
■食べた分はドンと出る…ゾウの飼育は「力仕事」
僕は東京動物協会という、多摩動物公園や上野動物園等の指定管理者の組織に委託職員として入りました。まず、上野動物園の「こども動物園」でモルモットやウサギの飼育を数ヶ月担当していました。その後、牛や馬の飼育担当を経て、1年後に正規採用されて多摩動物公園に配属されまして。アジアゾウを担当し6年目になります。
アジアゾウはもちろんモルモットと勝手が違います。まず動物園ではアフリカゾウに次いで大きな動物でその分、食べる量もすごい。野生のアジアゾウは1日の大半を、食べ物を探すのに費やしているそうですが、動物園では干し草が主食で他にリンゴ、バナナ、ニンジン、キャベツ、イモ等10種類ほどを1日100㎏弱は食べます。
当然、食べたらその分出てきます。キリンなんかは消化が良くて、細かいのがパラパラという感じですが、ゾウは消化が良くないので、食べた100㎏弱が半分以上、ドンと出てくる。3頭のゾウ舎とゾウ舎の運動場のフンを取って、それを一輪車に乗せ運び出して掃除をします。ゾウの飼育担当は何より力仕事が多くなります。
ゾウはチンパンジーなどとともに、「自己認識」ができる数少ない動物と言われています。頭がいい。飼育員を見分けるんです。ゾウの担当になって間がない頃、高齢のアヌーラは新人の僕が室内のゾウ舎のそばを通ると、ちょっかいを出してくることがありました。部屋の壁に体当たりしたり、頭で壁を叩いたりしたんです。なにせ、4トン近い体重ですから、室内にものすごい音が響き渡る。
「うわっ!」僕は思わず声を上げました。怖かったですね。班長には、
「びっくりするな!」と、強く言われました。40代前半の班長は飼育員になってから、20年近くゾウを担当しています。
「ゾウはお前のリアクションを面白がっているんだ。驚いて声を上げていたら、次もやられるぞ。ゾウはそういう生き物なんだ。ガーンとやられても、なんでもないという顔をして作業が終わったらスッといなくなれ」と。
「1日の中でどれだけゾウを見る時間を作れるか、それが飼育係の能力を決めるんだぞ」
よく観察しろというという班長の言葉も、心に残っています。
オスのアヌーラは普段、温厚でおとなしいゾウです。野生ゾウは年長のメスがリーダーとなり、メスだけで群れを作って生活しますが、オスは普段、単独で暮らしているのでメスより環境の変化に強い。アヌーラは20年以上もゾウ舎に一頭でいましたが、6年前にスリランカからアマラとヴィドゥラが来園しました。当時、まだ僕はゾウの担当ではなかったのですが、その時も飼育員の心配をよそに、アヌーラは2頭のゾウに対して、気にするそぶりは見せなかったと言います。
■新ゾウ舎への移送
昨年10月下旬、新しいゾウ舎への引越しの時も、多少のことでは動じないアヌーラの性格を実感させられました。
引越しに備えて、何年か前から運動場に鉄の箱を置き、ゾウがその中に入るトレーニングを重ねてきました。箱に入れるようになると、箱の両側の小窓に前足を乗せる訓練を重ねて、引越しの時にゾウの前足をチェーンでつなげるようにして。ゾウは音に敏感ですから、扉を閉めて箱を蹴ったり棒でたたいたりして、引越しの際に出るいろんな音に慣れさせるトレーニングも重ねました。
新ゾウ舎のお披露目は2020年の春ですが、建物は完成しました。3頭のゾウは順次新ゾウ舎に引越しをしますが、アヌーラは箱に入るトレーニングが一番進んでいた。そこで昨年10月下旬、アヌーラの新ゾウ舎への引越しを実行したんです。
アヌーラを箱に入れクレーンで吊り上げ、トレーラーで新ゾウ舎に運ぶのですが、「吊り上げた時に暴れたら危ないな」「そうなったら落ち着くまで待つしかない」「逆に宙に浮く感覚にゾウがびっくりして足を踏ん張るから、暴れることはないよ」等々、僕ら飼育員の心配の種は尽きません。
半世紀以上も「赤い三角屋根のお城」と呼ばれる今のゾウ舎にいたわけですから、新しい環境に馴染めるのか。
「新ゾウ舎に着いて箱の扉を開いても、中から出なかったらどうしよう」「その時はじっくりと時間をかけるしかない……」引越し前日から、アヌーラのフンを新ゾウ舎の建物に運び匂い付けをして、エサも新ゾウ舎の建物のあちこちに置いて。ところが案ずるより産むが易しで。前足のチェーンを外す際に、若干ためらった様子でしたが、扉を開くとアヌーラはすーっと箱から出て、何事もなかったように、新ゾウ舎の建物の中のエサを食べはじめました。
新ゾウ舎は運動場も室内のゾウ舎も、これまでと比べて数倍の広さになりましたが、何よりいいのは下が砂地であること。コンクリートのほうが掃除はしやすいのですが、ゾウにとっては砂地がいい。ゾウの死因はだいたい足の病気です。足を悪くして立てなくなり、自分の重みで内臓を悪くしてしまう。下がコンクリートだと、ゾウの足の裏のひづめが割れたり、パットといって足の裏のクッションのような脂肪の塊が削れて、そこからバイ菌が入り化膿したりしやすい。今、砂地で飼育しているアヌーラの足は、劇的に改善されました。コンクリートで削られ柔らかくなっていた部分が、しっかりと硬くなった。
3頭のゾウは毎日のように足を上げさせて、足の裏をよく洗ってあげたり、ひづめや足の裏のシワを削ったり、時には消毒したり薬を塗ったりケアをしています。ゾウに足を上げさせて、足の裏を診るにはトレーニングが必要ですが、僕ら飼育員はゾウ使いではありませんので(笑)
東南アジアの国々ではアジアゾウを家畜として飼いならし、重いものを運ばせる重機代わりに使う伝統がある。そんなゾウ使いの方法を模した飼育が行われているのかと想像しがちだが、そんなゾウ使いの方法を模した飼育が行われているのかと想像しがちだが、多摩動物公園の飼育はまったく違っている。詳しい飼育法は次回で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama