■あなたの知らない若手社員のホンネ~多摩動物公園・田口陽介さん(25才、入社3年目)~
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中間管理職にとって、20代部下の仕事への熱いマインドを理解し、「なるほどね」とうなずくことが彼らとの良好なコミュニケーションを築く礎となる。若い人にとっても、同世代がどんな仕事で汗を流しているのか。興味のあるところだろう。この企画は入社3~5年の社員の話にじっくりと耳を傾け、そのエピソードとモチベーションを紹介する。
第12回目は多摩動物公園飼育展示課、北園飼育展示係、チンパンジー担当、田口陽介さん(25才)入園3年目だ。
多摩動物公園で飼育されているチンパンジーは国内の動物園で最大の18頭。新入りの田口さんはチンパンジーに相手にされなかったが、個体ごとに個性を把握し、信頼関係を築かなければならない。特に鉄格子越しにチンパンジーに触れることは、彼らの体調面を管理するためにも大切な作業だ。
「絶対に事故を起こしてはならない」それは至上命令だ。力の強い彼らとの毎日の握手は手のひらを握らず手の甲に触る。チンパンジーと格子越しに追いかけっこをして遊んだり、田口さんは徐々に彼らとの関係を築いていった。
■人間社会にも通じるチンパンジーたち
チンパンジーは群れで生活をします。関係を築くのが難しかったデッキーは、人間の手で育てられました。そんなデッキーは群れの中で第1位のケンタというオスへの挨拶ができないのです。チンパンジーは自分の方が下の場合、姿勢を低くしてアッアッアッと低い声を出したりお尻を見せる。デッキーはケンタに対してそんな姿勢がとれない。運動場に出すチンパンジーのメンバーは毎日考えますが、上位への挨拶の仕方を知らないデッキーは、ケンタとずっと戦い続けることになってしまうので、2頭を同じ群れに入れません。
群れでの生活では他の仲間をけしかけ、気に入らない相手を攻撃するチンパンジーもいます。例えば好き嫌いがはっきりしているデッキーにとって、メスのモモコは比較的好きな個体です。ある時、モモコはメスのマリナのことが気に入らず、アッアッアッと声を上げた。すると、デッキーがどうしたんだとモモコのそばに寄ってくる。2対1になりマリナが逃げ、モモコとデッキーが追いかける形になった。
翌日、運動場の群れにはケンタがいて、デッキーはいない。この時、マリナは発情していました。チンパンジーのメスはおおよそ月に1回発情し、お尻が風船みたいにパンパンになります。発情したメスにはオスが寄ってくる。ちなみにケンタをはじめ、他の2頭のオスはパイプカットの処置が施されています。オスがそばにいるとマリナは強気で、昨日イジメられた仕返しと、モモコの餌を横取りした。
「それ私のでしょ!」とばかり、モモコが抗議の声を上げると、群れの第1位のケンタが近寄ってきて、「お前、あっちへ行け」という感じでモモコを追い払う。モモコは「なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの!?」と言いたげに、ギャーギャー!と泣き叫んでいました。
ケンタの一番のお気に入りのメスはピーチです。ところが最近、デッキーとも仲がいいボンボンという12才のオスが実力をつけてきて、35〜36才のケンタが君臨する第1位の座を狙っています。ピーチもその辺の力関係を察しているのか、ボンボンに近づいている。オスも腕力だけでは第1位の座にはつけません。取り巻きのメスの多さも権力を奪い取る要となります。だから、ボンボンもピーチの毛づくろいをしたり、メスの気を引いている。
■一番辛かったこと。
チンパンジー同士の付き合い方を見ていると、中には調子のいいヤツもいます。マックスはケンタのあとをついて歩いて、媚を売るのがうまい。ケンタの毛づくろいをしたり、アッアッアッとケンタの機嫌をとるような挨拶をしたり。
餌の分量は個体によって決められていますがもっと欲しい時、マックスはフッフッフッと、ケンタに向かってすすり泣いたり、キャー!と泣き叫んだりする。ケンタもマックスのことを快く思っているのか、しょうがないなという感じで、自分の餌をマックスに渡しています。
「動物の赤ちゃんが生まれるのは動物のおかげ。動物が死ぬのは飼育員のせいだ」これはよく先輩に言われる言葉です。サザエというメスのチンパンジーは、僕の白湯のあげ方が気に入らなくて、口の中のお湯をバッと吹きかけられたことがありました。でも、サザエは育児放棄されたジンという個体を、親代わりになって育てた優しいチンパンジーでした。
そのサザエがデッキーの子供を宿して、1ヶ月後には赤ちゃんが生まれると楽しみにしていたのです。ところが休みの日に電話があって、「サザエが出血している」と。慌てて駆けつけたのですが……。細菌感染を起こしてお腹の赤ちゃんが死んでしまい、手術で取り除かなければならない。お腹を切開しましたが人間のように輸血はできません。サザエが亡くなったのは、昨年の6月10日のことです。死因は出血性ショックでした。
もっと気配りをしていれば、流産になる要因を防げたのではないか。チンパンジーの異常にもっと早く気づき、違う処置をしていれば、赤ちゃんもサザエも助けることができたのではないか……。自分を責めましたね。飼育の担当になって一番落ち込みました。
飼育の経験を積むうちに、チンパンジーの真似をすると、コミュニケーションが深まることに気がつきました。唇を使ってブーブーとチンパンジーの発する声の真似をしたり、個体の中には「毛づくろいをしたいよ」と、格子越し腕を出してくるものもいます。デッキーは僕が真似て腕を出すと、手の甲や腕のささくれ立ったところをむいてきたり、グルーミングをしてくれる。
飼育をしていると、彼らの仲間になったような気になることがあって。18頭のチンパンジーは僕にとって、家族のような感覚ですね。
取材・文/根岸康雄