※この記事は2018.02.01@DIMEに掲載されたものを転載したものです
長身の飯沼純(42才)とエリック・ホワイトウェイの二人が、共同代表を務める株式会社Cogent Labs(以下・コージェントラボ)。“AIで、あらゆる人々にとって、より良い世界を作り出すことを目指す”と謳うベンチャー企業だ。2015年半ばから本格的に事業を開始した二人は、昨年2月に第三者割当増資を実施し総額13億円の資金を調達。昨年8月には人工知能(以下・AI)技術を駆使し、手書きの文字や活字を高精度で読み取る「Tegaki」を発表した。
「Tegaki」は金融機関や公共料金の申込書、病院での問診票や診断書、アンケート用紙、テスト答案等々、様々な業界で使われてきた手書き帳票の文字を、99%以上の制度で読み取り、テータ化するプロダクト。これまで人の手で入力されることが多かった単純作業の圧倒的な効率化を実現した。
渋谷区代官山のオフィス。木造りのフローリングとブラウンを基調にした開放感のある室内、大きな円卓やその周りに配されたデスクでPCに向かうスタッフには、外国人の姿が目立つ。コージェントラボの約40名のスタッフのうち約8割は外国籍だ。オフィスには17カ国のスタッフが出入りしている。
そんなオフィスで共同代表の一人、飯沼純に起業の動機や理念、そして「Tegaki」が完成するまでのエピソードを聞いた。
■娘に自信を持って“やりたいことをやりなさい”と言いたい
「キューポラ(鉄の溶解炉)のある町」で知られる埼玉県川口市の鋳物工場の次男として育った飯沼純、学生時代はモーグルスキーにのめり込んだ。卒業後も海外でモーグルスキーのトレーニングを続行。その後、25才で帰国して何をやるか。
元々、起業の意思はあったが、「セールスフォース・ドットコムって、アメリカのすごいITの企業の日本法人が立ち上がるから、そこで仕事してみなさいよ」と姉に勧められ、スタートアップを一から学べるからと、PCの電源の入れ方もわからないまま入社。
セールスフォース・ドットコムは米フォーブス誌の「世界で最も革新的な企業」ランキングで4年連続第1位に選出されている。飯沼が入社当時、ほとんどの人間がクラウドコンピューティングという言葉を知らない時代に、代表者のマーク・ペニオフは「いずれ企業の中で使われる仕組みは、クラウドのサービスに替わっていく。クラウドは使っていることを意識しないほど、使いやすいものに進化していく」と、公言していたという。
セールス・ドットコムの日本法人で社会に貢献する企業の在り方や、自分の中の怠慢や堕落、チャレンジ精神の欠如が最大の脅威だとか精神の面も学び、気づいたら40才に手が届こうとする年齢になっていた。それなりの年収と社内での地位も得たが、彼が起業に舵を切ったのは娘の誕生だった。
「娘が成長して、これをやりたいと言い出した時、自問自答するだろう。オレはやりたいことをやったのかって。自信を持って娘に“やりたいことをやりなさい”と言いたい。オレは起業したい気持ちをずっと持ち続けている」
そんな言葉にイギリス人の妻は、「やりたいならをやればいいじゃないの」と、笑顔で微笑む。自分のやりたいことをやれず、祖父の鋳物工場を継いだ父親の背中も脳裏をよぎった。
オヤジができなかった分、オレはやるという気持ちもあった。会社を正式に辞めたのは39才の時だった。さて何をやるか。そんな時、共通の友人を介して共同経営者となるエリック・ホワイトウェイと出会う。米国人と日本人のハーフのエリックは、株式のトレーダーとしてモルガン・スタンレーMUFG証券に16年間勤め、会社を辞め起業を模索していた。
「へー、エリックはサーフィンが趣味なのか」
「純はモーグルスキーをやっていたんだね」
初めて会った代官山のカフェでは、そんな話題から盛り上がった。飯沼もエリックも起業を目指している。代表が2人いれば、お互いをチェックし合えるし、よし、共同代表で会社を起こそう。
「インターナショナルな会社を作ろう」
「いろんなスキルを持った、多様な国籍の人たちが集う会社を作ろう」
■取り組むべきビジネスの課題は何なのか
共に外資系出身で、インターナショナルなビジネスには慣れている。ダイバーシティーの重要性は熟知していた。能力給が反映される外資系企業で、2人とも経済的な余裕はあった。お互いに資金を出し合い、本格的に会社が稼働し始めたのは、2015年の中頃だった。
「スマホでニュースやメールを見たりできるのは、インターネットを通してクラウドのサービスを使っているからで。前の会社の社長にいずれクラウドがインフラになると、15年ほど前に言われたことが現実となった。今度は近い将来、AIがインフラになる。意識せずに、誰もが生活の中でAIを使う時代が来ると思う」エリックも株のトレーディング等を通して、AIの技術に造詣が深い。
会社が本格的に始動を始めた15年は、AIブームが席巻しはじめた時期で、多くの企業の各部門に「AIに取り組め!」というトップダウンが落ちていた。前職の関係等で保険会社や不動産会社のミーティングに呼ばれると、決まって「AIのことを聞きたい」という話になった。しかし飯沼は、
「ちょっと待ってください。一旦、AIのことは忘れましょう」
ミューティングでAIという言葉が出るたびに、そう語尾を強めた。
「AIがあるから何かができる、ではないのです。改善しなくてはならない何かがあるから、そのためにAIを使う。ですから皆さんが今、何がしたいのか、教えてください」
今、取り組むべきビジネスの課題は何なのか、一つ一つ教えてほしいーー、そんな問いかけを通して仕事を進めていくのは、前職からの彼のやり方だ。問いかけを続けていく中で、ある時ミーティングでこんな話が飛び出す。
「実はデータの入力が大変なんです。なにせ、これまでの資料は全部紙ですから、これをインプットしてデジタル化していかなければならない。それには膨大な時間と手間がかかります。これまでの顧客の情報が整理できれば、データをしっかりと活用することができるんですが」
まさにこの課題こそが、手書きの帳票の文字を高精度で読み取りデータ化する「Tegaki」の開発へと繋がっていく。
以下後半へ。
取材・文/根岸康雄