【リーダーはつらいよ】「課長たるもの、仕事に支障があってはならない。マニュアル作りも大事だ」アートネイチャー・吉田和樹さん

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中間管理職の悲喜こもごもを紹介するこの企画、社内で愚痴は言えない課長さんだが、働く現場で何を考え、何に悩み、何を生き甲斐にし、どんな術を講じているのか。

シリーズ第20回は株式会社アートネイチャー 外販商品営業部課長 吉田和樹さん(47)。カツラやウィッグで知られているアートネイチャー。吉田さんの部署の業務は主にネット通販を担当し、主力商品として増毛用ヘアパウダーと、白髪を染めるヘアカラートリートメントを扱う。吉田課長は昨年12月に発売した発毛剤を部内の3つ目の主力商品に育て、会社の柱の一つにしたいと大志を抱く。穏やかな笑顔の吉田さん、部内で是正すべきところは、部下に周知徹底していくが、上から目線で命令したり、部下をガミガミ叱るような典型的な昭和のマネージャーとは違うと意識している。

「あっ、もう7時半だね」

テレビの通販番組に出演している女性は、アートネイチャーの社員で吉田課長より年上の次長だが、同じ部署で仕事をしたこともあり心やすい間柄だ。この女性次長が時間にいささかルーズなのだ。会社は午後6時30分が終業なのに、終業間近い時間に現れ、彼の部下で通販番組の担当者の30代の女性と会議をはじめる。

会議はしばしば夜9時過ぎまで続くが、次長の女性と担当者はウマが合うのか、お互いに仕事熱心で残業が苦にならない。

「働き方改革の時代ですし、担当の部下は家庭もあります」
「旦那さんがうちの社員といってもな」
「やはり私が動かないと変わりませんね」

部長とはそんな話になった。

吉田は「時間の管理を心がけましょう」と女性の次長に話をした。彼女が出演する通販番組は好評で、年間数億円を売上げる。次長には会社に貢献しているという自負があに違いない。気分良く彼女に働いてもらいたいのは山々だが、課長たるもの、苦言を呈さなければならない時もある。

話をしてみると、次長も担当の女性が既婚者であることを内心、気にかけていた。「わかったわ」と、吉田の話にうなずいたのだが、夜遅くまでの会議はなかなか改まらない。

これは強硬手段に出るしかない。付き合いが長い間柄の次長とは心やすいので、彼は会議室に強行突入する戦術に打って出た。会議室のドアを開けて中に入り、話が盛り上がる二人を前に壁の時計に目をやり、「あっ、もう7時半だね」とか、あえて聞こえるように言った。これを何回か繰り返すうちに、さすがに部下の女性の残業は減ったそうだ。

課長たるもの、マニュアル作りは大事だ

課長たるもの、業務に支障をきたすわけにはいかない。ネット通販の物流事務は女性2名が担当していた。吉田は二人に業務を任せていたが、そのうちの一人が病気を患い、しばらく休職することになった。部下に教わり吉田も事務作業を手伝ったが、馴れない仕事に苦労した。休職中の部下に復職のめどが立ち、やれやれと思ったのもつかの間、もう一人の部下も病気になり、休職することになる。これには困った。さてどうするか。

マニュアルを作ろう。彼はその重要性に気づいた。これまでメンバー一人一人に業務を委ねてきたが、部下が職場を離脱する不測の事態に陥った時、マニュアルがあれば最低限の業務は別の人間でカバーできる。

注文のデータの作り方、商品の出荷に関する作業手順等、自社Eコマースサイトや各大手通販モールへ対応するマニュアルを作成した。吉田は今、部内の主な業務に、マニュアル整備が必要だと思っている。

「やってみようぜ」印象に残る言葉だ。

吉田課長の直属の上司は、外販商品営業部長だ。4年前に銀行から今のポストに着任した。出身が銀行なので、当初は硬い人なのかと想像したが、まったく違った。やってみたいことに対して、背中を押してくれるタイプの上司なのだ。

例えば、国内のEコマースが頭打ちの昨今、去年は中国人向けサイトのアリババのモールに旗艦店を設け、軌道に乗りはじめている。次はどこか。

「ロシアは競争のないブルーオーシャンの市場です。調べてみるとロシア人には黒い髪の人が多い。いけると思うんです」吉田がロシア進出の考えを相談すると、「面白いね。中国もしっかりやるが、新しい市場も必要だよ」そして「やってみようぜ」という言葉が、これまでの上司とのやり取りの中で、一番印象に残ると吉田は言う。ロシアとの提携も着々と進行中である。

部長は夢をいだける言葉をかけてくれる。だが一方で、せっかちな一面もある。例えば二人で商談先を訪ねる時でも、「さあ、行こう」と先方との約束よりかなり早い時間に出発を促す。先日、千葉の倉庫を訪ねた時は到着が早すぎた。駅前に店がなかったので、自販機で買った缶コーヒーを片手に持ち、部長と並んでベンチに座りボーと時間を潰した。

50代後半の部長が、定年退職した後を自分が継げたらとは思うが、Eコマースの事業を伸ばすことが将来的に第一目標だ。部内の売れ筋はヘアパウダーとヘアカラートリートメントだが、昨年12月発売の発毛剤『ラボモ』をヒット商品に育てたい。

会社の売上げの柱はカツラだが、この新商品をブレイクさせ、部署の売上げを倍にして、所属部署を会社のもう一つの柱に育てたい。そんな思いを胸に秘め、彼は新製品の発毛剤『ラボモ』を両手に持ち微笑む。

課長、吉田和樹、47才。妻と二人暮らしである。親戚のおばさんの悩みに応え、女性用のウィッグをあつらえたことがある。初めてウィッグをつけた時のおばさんの嬉しそうな笑顔が、初心を思い出させる。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama