飲み過ぎで肝臓が心配、ストレスでの胃痛、頭痛、動悸・息切れ等々、身体の不調には自覚症状や思い当たる節があるものだ。だが、この臓器は黙して語らない。悪化するまで自覚症状もない“沈黙の臓器”、腎臓である。
普段、あまり意識しない腎臓だが、実に成人の8人に1人は慢性腎臓病(CKD=chronic kidney disease)を抱えているという驚くべき現実を知ってもらいたい。高血圧や糖尿病、メタボ等は生活習慣病として広く認識されているが、腎臓病も生活習慣が大きな要因である。
腎機能の低下はビジネスパーソンが思い描いているキャリアプランにも大きく影響を与える。人生計画を変更せざるを得ない事態に陥る可能性もあるのだ。
今回DIMEでは働き盛りのビジネスパーソンにこそ知ってもらいたい、慢性腎臓病(CKD)の現実と怖さに関してお二人の先生に取材した。
第二回は、東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科助教 福井亮医師のお話を前後編に渡って紹介する。
血管の塊、それが腎臓
「“肝腎要”とも言いまして」
――腎臓は普段あまり意識しない臓器ですね。
そんなこちらの言葉に、福井亮先生は口元をほころばせて開口一番そう応える。
腎臓は腰の上の背中側に、左右一つずつあるソラマメ型をした臓器である。重さ約130g、握りこぶしほどの大きさだ。尿を作る臓器として知られている。
「血液をろ過して尿にする、糸球体と尿細管の構造をネフロンというのですが、左右の腎臓を合わせるとネフロンが約200万個あります。腎臓には他にも身体の水分量やミネラルの調整、造血、血圧調整、骨の維持といった様々な役割があります」
では、腎臓病とはどういう病気なのか。
「腎臓病には急性と慢性があります。脱水とか感染症とか薬剤などの原因により、一時的に腎臓が悪くなるのを急性腎障害といって、これは原因を取り除けば回復が期待できます。一般的によく聞くのは慢性腎臓病(CKD)のことで、血液をろ過して尿にするネフロンが壊れて、腎臓の機能が低下する病気です。
ネフロンは修復されますが、再生はしません。例えば擦り傷とか骨折は修復されますが、事故で失った手足は再生しない、それに近いものがあります」
再生しない200万個のネフロンを大切に使いましょうというわけだが、慢性腎臓病(CKD)の約3割は原因不明の難病だ。だが、残りの約7割は原因が判明していると、先生は話を続ける。
「ネフロンを形作る糸球体の一つ一つは、毛細血管でできています。ですから簡単にいうと腎臓は血管の塊なんです。血管が悪くなるものは腎臓にも悪影響を与える。その代表的なものが糖尿病と高血圧、これが慢性腎臓病(CKD)の二大原因です。他にも肥満や喫煙とか。難病以外の慢性腎臓病(CKD)は結局のところ、生活習慣病といえます」
つまり、生活習慣に注意を払えば7割の慢性腎臓病(CKD)は予防可能というわけだ。そのためには――
「定期的に健診を受けてください、それに尽きます。健診を受ければ腎臓だけでなく、他の生活習慣病もすべてわかりますので」
沈黙の臓器が、沈黙を破った時――
健診の時、腎臓に異変があると、どんな検査結果が出るのだろうか。
「尿の異常と腎臓の機能低下が、慢性腎臓病(CKD)の定義なのですが、採尿と採血によってそれがわかります。“腎臓の涙”とも言われるタンパク尿は慢性腎臓病(CKD)の所見として非常に重要です。腎臓の機能低下は『クレアチニン』、または『eGFR』という数値で評価をします。例えば、採血の検査でeGFRの数値が60 以下なら腎臓の機能障害が疑われます。およそ10を切ると、透析が必要という指標です」
沈黙の臓器、腎臓が悪化し沈黙を破った時、果たしてどんな自覚症状が出るのか。
「尿の量が減り、身体の水分量が多くなるのでむくみや息苦しさを感じる。血圧がすごく高くなる人や、血が薄くなって貧血になる方もいます。身体中に毒素がたまり、だるさや吐き気、かゆみとか様々な尿毒症の症状が出ます」
――生活習慣病への注意はわかりましたが、腎臓の機能悪化を防ぐために私たちは日頃から、どんなことに気をつければいいのですか。
「大事なのは塩分の取り過ぎを控える、減塩です。塩分は血圧を上げますし、身体中に水分を引きつけてしまう働きをします。慢性腎臓病(CKD)の患者さんでは、それに対応するため薬の量も増えてしまう。醤油や味噌も塩分が多く入っているので、胡椒とかカラシ、お酢、ワサビ、ニンニク、ショウガ、出汁などで味付けをする。食卓に醤油は置かないとか、お刺身に醤油をかけるのではなく、付けて食べましょうとか。外来では患者さんにそんなアドバイスをします」
二人主治医制を普及させたい。
福井先生が厚生労働省健康局難病対策課及びがん・疾病対策課に出向したのは2016年のことだった。現在、人工透析の患者は約34万人だが、新たに透析を導入する患者を10年以内に10%減らすことなどを目標として厚労省が2018年7月に通知した腎疾患対策検討会報告書には、「かかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への紹介基準」と題された表が掲載されている。
先生はかねてより感じていた健診を受けていない人、健診で腎臓に異常が見つかっても、専門医にたどり着いていない人をこの機会に何とかしたいという思いがあった。この報告書と掲載した表にはそんな思いが反映されている。これを基準に、早めに専門医が診察することで、慢性腎臓病(CKD)患者と新たな透析導入患者の数を減らそうという試みだ。
引用元:厚生労働省「腎疾患対策検討会報告書~腎疾患対策の更なる推進を目指して~」
先生が表をもとに解説する。
「この表は腎機能の指標であるeGFRと、タンパク尿がどの段階になったら、専門医に紹介してくださいという基準を表しています。“腎臓の涙”であるタンパク尿がプラス1以上は、全部紹介してくださいと。eGFRが45を切ったら紹介ですと、表をみれば一目瞭然でわかります」
腎臓専門医は全国で約5000人なので、およそ1300万人もの慢性腎臓病(CKD)患者の全員を専門医が診ることはできない。普段はかかりつけ医が診て、定期的に腎臓の専門医や腎臓病に詳しい糖尿病の専門医等が確認する。かかりつけ医と専門医が連携する、二人主治医制を普及させたいと、福井先生たちは考えている。
これまで、欠けていたのは現場に伝えること
先生が厚労省に出向した背景には、臨床や研究の経験のある医師と人事交流をすることで、医療現場の感覚を政策に反映させようという行政の意図があった。国は医療現場のことをあまりわからずに、政策を作っているのではないかと、当初はそんな考えを抱いていた。
だが、厚労省に出向して仕事をしてみると、専門家からヒアリングをして適切に医療現場を把握することに努めたり、行政は腎疾患を減らすために真剣に取り組んでいることを知った。欠けていたのは、政策を医療現場に伝えて実践していくことだということに気づいた。
2018年に発足したNPO法人日本腎臓病協会は、医療現場での慢性腎臓病(CKD)対策を推し進める実働部隊の役割を担っている。全都道府県で担当医が指名されているが、東京ブロックの副代表でもある福井先生は、国の腎疾患対策のハイライトであるこの紹介基準を、科を超えてできるだけ多くの医師に普及させたいと考えている。
「腎臓内科医としての経験の中で、一番印象的なことは?」そんな問いに、福井先生は腕を組み少し考え、今、日本腎臓病協会の一員として、腎疾患の対策を力強く推し進めていることに、一番のやり甲斐を感じているとはれやかな表情で答えた。
高齢化の影響を除いた人工透析導入率は、国の腎疾患対策が始まった2008年以降、すでに減少している。国の対策の成果はもちろん、進歩した新薬の普及、生活習慣病予防のための健診の効果などがこの結果に結びついたと言える。
さらに2018年7月に通知された腎疾患対策検討会報告書に基づく新たな取り組みの推進により、高齢化の勢いに負けず透析導入患者の実数での減少を目指している。
後編では福井先生が理想とする腎臓病治療とは、腎臓内科医の仕事とは何かに言及していく。
東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 助教
福井 亮
2000年、東京慈恵会医科大学医学部卒業。2009年、東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程修了。2015~18年、厚生労働省健康局難病対策課およびがん・疾病対策課に出向、腎疾患対策、難病対策、慢性疼痛対策に従事する。2018年7月から東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 助教。2019年、研究支援課 URA(リサーチ・ アドミニストレーター)併任。日本腎臓病協会 慢性腎臓病対策部会 東京ブロック副代表も務める。
文/根岸康雄 撮影/高仲建次