慢性腎臓病は生活習慣病、働き盛り世代にこそ知って欲しい腎臓の真実

飲み過ぎで肝臓が心配、ストレスで胃が痛い、頭痛がする、動悸・息切れが気になるなど身体の不調には、何かしらの自覚症状や思い当たる節があるものだ。ところが悪化するまで何の自覚症状もない、黙して語らない“沈黙の臓器”がある。腎臓である。

普段、あまり意識しない腎臓だが、実に成人の8人に1人は何らかの腎臓疾患を抱えているという。生活習慣病はよく耳にする言葉だが、高血圧や糖尿病、メタボ等は知らないうちに腎臓にダメージを与えている。腎機能の低下は、20、30、40代が思い描いている将来のキャリアプランに大きく影響し、人生計画を変更せざるを得ない事態に陥る可能性もあるのだ。

今回DIMEでは働き盛りのビジネスパーソンにこそ知ってもらいたい、慢性腎臓病(CKD)の現実と怖さに関してお二人の先生に取材した。

第一回は東京女子医科大医学部教授・保健管理センター長の内田啓子医師のお話を前後編にわたって紹介する。

腎臓の役割

腎臓は腰の上の背中側に、左右一つずつあるソラマメ型をした臓器だ。重さ約130g、握りこぶしほどの大きさである。腎臓の主な役割は血液中にたまった老廃物を身体の外に排出する、尿を作る臓器として知られている。他にも体内の水分を一定に保ち、ナトリウム等のミネラルや化合物のバランスを保ったり、塩分を調節し血圧を一定に保つ役割もある。さらに赤血球を増やすホルモンを作ったり、骨の維持も司るなど「肝腎」という言葉もあるようにとても重要な臓器なのだ。

しかし、腎臓は胃や腸などと違い、相当悪化するまで痛みなどの自覚症状がない。黙々と役目をこなす縁の下の力持ちのような臓器なのである。だが、一度悪化し自覚症状が現れた時は、腎臓を元に戻す薬や治療法は存在しない。中には透析療法に頼る患者も多いが、血液透析の場合は2日に一度、約4~5時間の処置療法を生涯続けなければならない。

腎臓は“沈黙の臓器”だからなのか。実に成人の8人に1人が、何らかの慢性腎疾患を抱えているのが現状だという。

「とにかく腎臓のことをよく知ってもらいたい。特に30、40、50代の働き盛りの人に腎臓への認識を深めてもらいたいです」と、警鐘を鳴らすのは、東京女子医科大医学部教授・保健管理センター長の内田啓子医師である。

腎臓は糸球体(しきゅうたい)という毛細血管の糸玉と、そこから続く尿細管からできている。糸球体と尿細管を合わせたネフロンが、二つの腎臓には合計で200万個ある。

糸球体と尿細管が1セットとなり、果たす腎臓の生理的機能の巧妙さ、そして腎臓の組織の美しさに魅せられ、腎臓内科に入局したという内田先生。私たちが普段あまり意識しない腎臓の役割、そして腎臓病とその予防、末期の腎不全に陥った際の透析、腎移植について詳しい話を聞いた。

日本は世界に誇るべき検尿大国だが…

「腎臓には太い動脈が通っています。血液が豊富な臓器で、心臓が一回収縮し身体に血を送り出すと、血液全体の4分の1が腎臓に流れ込みます。まず糸球体が血液を大雑把に濾過して尿の元を作る。その量は1日およそ150L、ペットボトル100本分です。糸球体で濾過された尿は尿細管に送られる。尿細管ではその時の身体の状態を反映して、水分としては100分の1の1.5Lほどに濃縮し、必要なものは血液に戻して、電解質や酸性アルカリ性を調整したうえで、精製した尿を膀胱に送ります」

例えば、ポテトチップスを食べ過ぎて塩分過多になると、腎臓は身体の変化を瞬時に察知し、余分なナトリウムを老廃物として尿に溶かして排出する。身体が水分量不足の時は、少ない水分で老廃物を排出するので尿の色は濃く、逆にビールを飲み過ぎた時など尿が薄いのは、多量の水分の排出で老廃物が薄まるからだ。腎臓はその時の身体の状態に応じ、体液のバランスを良好に保てるよう尿を作る。

では、慢性腎臓病とは何か?

「腎臓の機能が60%以下に低下した場合、またはタンパク尿や血尿が持続する時、『慢性腎臓病』と診断されます」

タンパク質は身体にとって大事な物質なので、糸球体では濾過しない仕組みになっている。糸球体と尿細管を合わせてネフロンというが、ネフロンに異常が生じると、タンパク質が尿と一緒に対外に排出されてしまうのがネフローゼという病気だ。

日本は世界に誇るべき検尿大国だ。学生の間は学校検尿制度が機能しているが、問題は社会人になってからだ。フリーランスや社員健診の疎かな会社だと、尿検査でのタンパク尿、腎機能を示す血液検査でのクレアチニンの数値異常に、気づかないケースがある。また、健診でタンパク尿やクレアチニンの異常が発見されても、自覚症状がない。忙しい日常の中で放置してしまう例も多い。

「1日のタンパク尿の正常値0.2gですが、1日3g以上と凄まじい量のタンパク尿が出る段階になると、目の上や足がむくみ、体重が増えて自分でも身体の異常に気づきます。腎機能の低下が持続して、ネフロンが破壊まで進行すると、残念ながら現在のところ壊れたネフロンを元に戻す薬はありません」

慢性腎臓病が進行するとむくみ、尿の減少、高血圧、貧血、尿毒症の出現。脳、心血管疾患等の合併症にも注意が必要になるのだ。

生活習慣病という認識が大事。

――慢性腎臓病の原因は何ですか。

「腎臓に免疫の関与した特殊な炎症が起こる腎炎が原因であることもありますが、高血圧と高血糖、高脂血症、肥満、高尿酸血症も原因になります。高血圧は心筋梗塞や脳梗塞等、いろんな疾患の原因となりますが、腎臓も例外ではありません。腎臓には血管が豊富な臓器なので、高血圧により血管の壁が変化し動脈硬化を起こせば、糸球体に十分な血液が流れなくなり、慢性腎臓病の原因になります。

また、糖尿病の患者さんの場合、高血糖の状態が長く続くと、血管がもろくなり、血流が低下します。特に毛細血管が集中している糸球体を傷つけ濾過機能を低下させます」

高血糖で腎機能が低下したりタンパク尿がでる状態を「糖尿病性腎症」という。現在、末期腎不全で透析を受ける約44%が、糖尿病性腎症の患者だ。では、いったい慢性腎臓病を予防するにはどうしたらいいのか。と、こちらがそんな質問する前に、「慢性腎臓病は生活習慣病の一つと認識されていないところがあるんです」と、内田先生はいささか語尾を強めて、言葉を続ける。

「高血圧や高脂血症、糖尿病といった生活習慣病の原因となるメタボは腎臓にも悪影響を及ぼします。とはいえ、メタボの人も急には痩せられないので、まず生活習慣を見直しましょうと患者さんに伝えます。暴飲暴食を避け、1日3回規則正しい食事を取る。自分の年齢と身長を入力し、BMIが22になる適正体重を確認して、1日に必要なカロリーを知る。日々の食事を若干、セーブしてカロリー制限をし、早足で歩いたり駅で階段を使う等の身近な運動習慣を取り入れる。

腎臓の病気は短期決戦ではありません。気が合う医師を見つけて、生活習慣のアドバイスを受けながら、気長に通院を継続することをお勧めしますね」

週に3回、外来患者の診察を担当する内田先生も、延べ1000人近い慢性腎臓病の患者を診ている。通り一遍ではなく長い期間、患者に寄り添い治療できるのも、腎内科を選んだ理由の一つだと先生は語る。一人の患者を長く診れば、その人の背景や性格もわかってくる。

「1日に摂取する総カロリーは大事ですよ。3000kcalは多いですね」

「先生はお酒もカロリーだと。でも、今晩も取引先の人と宴会の約束があって」

営業職は夜の接待があるのもしょうがない、多くの患者を診る内田先生も、それはわかっている。

「今日、昼は何を食べました?」

「昼ですか、カツ丼の大盛りを…」

「カツ丼の大盛り! うな重、すき焼き、煮物と日本人は甘辛い味が好きで、塩分摂取量が多い。せめて飲み会がある日の昼食はサラダだけで我慢するとか、ラーメンなら汁は残すとか。働き盛りの人が食事に気をつけることは大変でしょうが、好きなものばかり食べるのではなくて、体のことも考えましょう」

内田先生の外来では日々、患者とそんな会話が交わされている。

将来のキャリアプラン実現が難しくなる現実

生活習慣の見直しを真剣に考えるのは、50、60代からでいいというのは大間違いと、先生は強調する。

「キャリアプランを持っている若い人は多いですよね。やりたい仕事に就くために資格を取得しても健康な身体がないと、思い描くキャリアプランは実現できません」

一度壊れた腎臓を元に戻す薬はない。医師に慢性腎臓病と指摘をされて、急に気をつけても手遅れ、それが現実なのだ。キャリアプランの中に“自分の健康”を入れる。多くの働き盛りの患者と接して、内田先生は切実にそれを切実に感じている。

後編ではそんな慢性腎臓病が、現役世代に与える影響について語っていく。

東京女子医科大学 腎臓内科 教授
内田啓子
1985年東京女子医科大学医学部卒業。同年同大学腎臓内科入局。研修医を経て医療練士取得。89年~91年米国ジョンスホプキンス大学留学。92年東京女子医科大学腎臓内科助教。医学博士取得。13年~同学生健康管理室教授(腎臓内科兼務)。16年~同医学部学生部長。同年~同保健管理センター長。日本腎臓学会で男女共同参画部門を担当し、女性に多い疾患や妊娠と腎臓を専門としている。

取材・文/根岸康雄 撮影/田中良知