【後編】《リーダーはつらいよ》「このままポストを昇りつめるのか、うーん…」聖マリアンナ大学横浜西部病院看護師長・武島絵美さん

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上の要求もシビア。下への業務命令や仕事のフォローもしなくてはと、これまたシビア。職場で孤立しがちな中間管理職。リーダーたちは現場で何を考え、何に悩み、どのような術を講じているのだろうか。この企画は課長職に相当するサラリーマンの本音を紹介する。

シリーズ第11回は、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 看護師長 武島絵美さん(43)。ベッド数約450のこの総合病院は地域医療を担う基幹病院である。武島さんは現在、5階の内科系の病棟の師長として、看護師と看護助手含め、40名ほどを束ねるリーダーを務めている。

患者に家族のように接する――それは医療に携わる彼女の胸中を占める心情だ。だから、「滅入りそうになったこともありましたよ」話を続ける彼女は嗚咽で一瞬、言葉を詰まらせた。その体験とは。

母親の心情を察するに余りある……

それは新人から約10年間勤務した救急救命センター(以下・救命)に、師長として再び携わった時のことだった。

自転車に乗り踏切で待っていた時にトラックに轢かれた少年が、救急車で搬送されてきた。救急車の中で心肺停止の状態ということだったが、顔にトラックのタイヤ痕がベッタリと付き、脳も露出して顔は厳しい状態であった。

高校に入学して間もない少年。武島の長男と同じ年だった。少しでも母親のショックを柔らげるために、どうしたらいいのか。顔は厳しい状態だが、目だけは変わりがない。下と上を布で隠すようにして、目だけが見られるようにして。

自分の子供と同じ年の息子を突然、亡くした少年の母親の心情は察するに余りあるものがあった。自分のメンタルのコントロールが、一番難しかった体験だったと彼女は語る。

そして医療現場での悲しみは、時が癒してくれることをベテラン看護師は知っている。

忙しい部下に自分から話しかける

近年はドラマの影響なのか、救命を希望する新人ナースが毎年10名以上いる。新人は救命外来である程度処置が施された患者の看護を担当する。血圧、脈、心電図を付け点滴の準備を整える。

「血圧が高いから、昇圧剤をお願いします!」「ケガをしているから、抗生剤を早めに!」「検査したらレントゲンに連れて行って!」医師や先輩看護師から次々に指示が飛ぶ。患者は一人だけではない。指示されたことを頭の中で組み立て、次々と処置をしていく。

「もう目一杯です。私は看護師に向いていないのでは……」仕事をテキパキこなすのが苦手な新人看護師から、そんな相談も武島の元に寄せられる。「先輩たちに発信するところから始めてごらん。発信すれば手を差し伸べてくれるから。まず、SOSを出すことが課題だね」

最近の若い子はプライドが高いのか、人に弱みを見せることが苦手だと感じている。武島は、まずそんなアドバイスをする。職場がどうしても辛いなら、興味のある別の病棟に移ることも勧める。

時には、「病院を辞めて在宅看護に行きたいって!?看護師1年生のあなたに来てもらっても向こうは迷惑だよ。在宅の仕事は全部一人の判断で看護やらなきゃいけないんだよ」と、いささか強い言葉で諭すこともある。

彼女の元に直接、相談に訪れる部下は多い。何故といって、ナースステーションでも病棟の廊下ですれ違った時も、忙しく働く部下に必ず自分から声掛けすることを心がけているからだ。それが話しやすい職場の雰囲気作りに繋がっていると、師長は確信している。

赤ちゃんが生まれた看護師にとって、月に6回以上の夜勤勤務は辛いし、家の近所の病院に替わりたい。その気持ちはわかるが、「まず、育児に慣れることが最優先だね。病院にも保育所はあるし、子供が風邪をひいたら休むこともできる。他の病院で休みたいと言っても、案外できないわよ」看護はシフトで入る仕事だ。一人抜けると痛手がある。子供の具合が悪いと聞くと、出勤できないことも考慮し、いつもより一人多いシフトを作成したり。部下一人一人の事情を勤務表に反映させるのも、武島の仕事である。

現場を押さえ、その場で諭す

「あの人怖いです。一緒に働きたくない」「あの人は手を抜いています」等、様々なことが耳に入るが、師長が直接本人に注意を促すことはしない。約40名の部下のリーダーである。部下の看護師は師長の言葉をトップダウンと捉える。直接注意をすると「師長に怒られた」「あなた告げ口したでしょ」と、険悪な雰囲気になりかねない。

例えば夜間、ナースコールが鳴っているのに病室に行かない看護師がいると、話が師長の耳に入る。だが、その患者は用もないのにナースコールを連打すると、別の看護師の情報も得ていた。そんな時でも、その患者への対応を自分が看護師へ直接伝えるとプレッシャーになるので、言いたいことを副師長か主任に話し、本人に伝えてもらうようにしている。

現場を押さえる、これも彼女なりのリーダーの心得だ。例えば「おじいちゃん、ちょっと、それダメよ!ダメって言ったじゃない!」若い看護師が、高齢の患者にそんな言葉を発した時は、「いくら親しいからって、患者さんに対して今の話し方はないよね」と、すかさず注意をする。高齢の患者には出来る限り敬意を払い、なるだけ丁寧に接しなさいとその場で諭すのだ。

部下に対しては、グレーの部分も必要だと思う反面、彼女自身はイエスかノーか、はっきりさせるタイプだと自認している。直属の上司の看護部副部長は、人の話をじっくりと聞いてくれる。だが立場上からなのか、病棟の運営や介護のあり方等、ビジョンを語る時、自分の考えをあまり口にしない。だからつい会議の場でも、彼女は上司の意見を求めて言い過ぎるところがあり時々、反省している。

武島絵美、43才、高校3年を頭に3人の息子の母親である。忙しすぎて、子供たちはちょっとかわいそうだったなと、心の片隅にそんな思いを抱いている。仕事に対して夫は応援してくれるが、「このまま、ポストを登りつめていくのですか」、こちらのそんな問いに彼女は首をかしげ黙った。

実は、介護を受けながらリハビリをして在宅復帰を目指す、介護老人保健施設への転職も彼女は考えていた。

「私、師長になるために看護師になったわけではないので……」看護師長は管理職としての役割が大きい。もっと医療の現場に関わり、患者とともに生きたい。

人生の半ばに差し掛かり、一人の看護師として自分を見つめ直す時なのかもしれない。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama