【前編】なぜ、飛べないクロツラヘラサギ、タイペイの繁殖は成功したのか?

動物園の生き物はどんな飼い方をされているのだろうか。動物のことをもっと知りたい。日々、動物に接する動物園の飼育員さんに、じっくりとお話を聞くこの連載。動物園の動物の逸話を教えてもらおうというわけである。

今年開園61周年を迎えた東京都日野市の多摩動物公園。上野動物園の約4倍という広さの自然公園である。極力柵を排した展示は、野生に近い動物を観察できる。

シリーズ14回は、孵卵器でトリの卵を孵化させ、雛から成鳥まで世話をする、育雛という園内の野生生物保全センター内にある施設の物語である。

現在、センターではトキ、クロツラヘラサギ、小笠原諸島に生息するアカガシラカラスバト等の稀少種が飼育されている。特にトキの飼育歴は長く現在、9種類の世界中のトキ科の仲間を飼育。佐渡トキ保護センターからトキを預かり、孵化させ幼鳥にして保護センターに返す活動を担っている。

農学系を専攻した飼育員の石井淳子さんは、学生時代に多摩動物公園の実習に応募し、トキ舎のエリアを担当。動物園は動物を展示するだけでなく、野生動物の保護にも取り組んでいることに感銘。飼育員として上野動物園での4年を経て、多摩には8年前に赴任して以来、裏方的なポジションである育雛を担当している。

期待される保護鳥、タイペイくん

トキ舎のトキの飼育と繁殖を担当していますが、仕事はそれだけではありません。園内のいろんな鳥の卵が集まってくる施設なので、飼育員から持ち込まれた卵に関しては、すべて対応します。

動物園は自然の環境とは違いますから、例えばウォークインバードゲージという展示施設の通路のそばに、鳥が巣を作った。お客さんが真横を通ると落ち着かなくて、親鳥が巣から卵を落としてしまった。そんな卵を預かり、孵卵器で孵化直前の状態にして巣に戻してあげることもあります。

飼育の現場では、60才過ぎの大先輩の飼育員が私の師匠です。例えば外国産のクロトキのヒナに餌を与える時、針のない注射器のようなシリンジに餌を入れ、ヒナの口から与えます。親は魚を食べているので、魚をミンチにして与える。でも、それだけではヒナは育ちません。

「親が吐き戻してヒナに与えるものには、消化液が含まれているんだよ。親の消化液に似たものを餌に混合させなきゃ、ヒナは消化できないんだ」これも、師匠に教えてもらったことです。

トキと並行して飼育に携わっているのが、クロツラヘラサギ。アジアに生息し冬場に日本に渡ってくる絶滅危惧種で、目とヘラ状の大きなクチバシが黒い水鳥です。園には現在58羽います。動物園の飼育動物には血統の問題があって、集団で飼っていると、どうしても強い個体の遺伝子だけが繁殖してしまう。だから保護された野生の個体は大切なのです。

翼を広げると1メートルを超える大きなクロツラヘラサギは、保護施設では飼いきれない。2010年に台湾で保護され、多摩動物公園に来たタイペイというオスの個体は、血統の多様化を考える上で、貴重な個体でした。ところが、タイペイは翼を骨折していてほとんど飛べない。クロツラヘラサギは木の高いところに巣を作り巣の中で交尾して、オスとメスとで子育てをする習性があります。

動物園ならではのペアの行動

さて、飛べないタイペイを繁殖に使うにはどうしたらいいか。

「メスの羽を少し切って、あまり飛べないようにしてみたらどうだろう」師匠のそんなアドバイスが功を奏した。2013年、ペアに選ばれたメスのキッキとの交尾が成功して、有精卵が取れたんです。

この時は孵卵器で孵化させる卵と、ペアが抱卵するものとに分けたのですが、なぜか自然で育ったタイペイは子育てが下手でした。このペアでは孵せない。ヒナへの給餌も無理だろうと卵を取り上げ、孵卵器に移してヒナにして。ヒナが大声で鳴くようになると、子育ての上手な別のペアにヒナを託したんです。

クロツラヘラサギは、ヒナに給餌できる個体とそうでない個体がいて。飼育員は鳥らしく育てるために、ヒナから巣立ちまで人工育雛はなるべく避けます。でも、人工育雛で育った親でも、ヒナに給餌できる個体がいる。一方で、親に自然に育てられたのに、ヒナに給餌ができない個体もいます。

なぜだろう。野生のペアはすべてヒナに給餌をするのに、動物園ではなぜ、給餌する個体とそうでない個体に分かれるのか。それが私の一つの課題で。

これまでに、繁殖についてわかったこともあります。だいたいのクロツラヘラサギのペアは孵化させまではできる。その時点で給餌をしないペアからヒナを取り上げて、5日間人工で育てる。ヒナがピーピーと大きな声で鳴くようになってから親に戻すと、ほとんどのペアは子育てをするのです。

タイペイの遺伝子を持つヒナは、その後は順調に繁殖しました。今では孫世代を含めてタイペイの血統を持つクロツラヘラサギは、16羽が多摩動物公園で飼育されています。

タイペイを受け入れる時、将来的にタイペイの子供が増えたら、クロツラヘラサギがいない台北の動物園に送る約束でした。今年の1月、台湾の動物園にタイペイくんの子供を含む4羽、送ることができて約束を守れた。鳥の育雛を担当する飼育員としては、やり甲斐を感じた出来事でした。

佐渡トキ保護センターから来たトキ

トキの飼育に関して、40年以上の歴史がある多摩動物公園に、佐渡トキ保護センターから成鳥のトキがきたのは2008年でした。1カ所ですべてのトキを飼育すると、トリインフルエンザが上陸した時、全滅してしまうことも想定できる。分散飼育を視野に入れた時、トキの飼育に実績がある当園で、預かることになったんです。

巣立ちし、自分で餌が取れるようになった若鳥を毎年4〜10羽、佐渡トキ保護センターに返していますが、動物園のトキは繁殖の時に困った行動を取るんです。それも自然と動物園とでは環境が違うせいでしょう。私たち飼育員はなんとしたいと考えているのですが。

特別記念物の代表のような鳥、トキの動物園での困った繁殖行動とは、後編で詳しく。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama