1年以上続く「若手社員の本音」シリーズは、中間管理職が部下の若手社員を知るための連載だが、この新企画は現場のリーダーである中間管理職の本音を紹介する。社内でも孤立しがちな中間管理職は、働く現場で何を考え、何に悩み、どんな術を講じているのだろうか。
シリーズ第4回は森永製菓株式会社 研究所 第二商品開発センター 飲料・ゼリー開発グループマネージャー 川馬利広さん(47)。現場のリーダーとして飲料とゼリーの開発の下支え、現行品の改良、新製品の開発、生産に向けて工場とのやり取り等を受け持つ。部下は男性6名、女性4名の10名。いずれも研究員で農学部系を専攻した人間が多い。
新人のフレッシュな目で「改善」
横浜市鶴見区内の戦前からある、工場を兼ねた広い敷地内に研究所がある。川馬はまず入社2年ほどの若手の女性研究員の話からはじめた。
職場である実験室をより効率よく使うための改善は、今にはじまったことではない。研究員は総じてきれい好きで、実験室の整理整頓に問題はないが、入社して間がない部下の新鮮な目を通してみると、さらに安全面、衛生面等に改善点が見つかるに違いない。実験室の責任者でもある川馬はそう考えた。
「何か不便なことや、こうすればもっとよくなるとか、気付いたことがあれば言ってほしい。ただ、みんなの意見も確認してね」改善を任せた2名の若手の女性研究員には、そんな言葉を添えた。試作づくりを段取りよく、間違いなくやる、そのためのさらなる工夫はないか。
「よく使う小型の殺菌の機械なんですが、使いたい時に他の人が使用中なんてことはありませんか」
「そう言われてみれば」
「機械のそばに予定表を置いて、使いたい時間をそれに書き込むようにすれば便利ですよね」
「使いたい時に使えて、ストレスが減るね」
「この電子レンジ、扉がへこんでいませんか?」
「そう言われてみると」
「いつ購入しましたか?」
「だいぶ前だな、安全面のこともあるから、買い換えよう」
ほかにも、実験室のテーブルの下の引き出しの中のものが、誰にでもわかるよう配置図を作成したり。「改善」というといささか重い言葉になるが、若い女性部下は先輩社員の空気を読み、物怖じせずによく聞き、気付いたことを相談しながら生かしていった。川馬の狙い通り、新人の研究員に任せたことが功を奏した一例である。
過去最高難度の製品開発
研究員に問われているのは、決まった制限条件に当てはめ、いかに商品を開発するかということだ。値段、発売日、内容量も決められている。発売日に向けて開発のスケジュールを管理しなければならないし、美味しい物を作っても、原価に合わないとダメだ。これは美味しい、原価も範囲内だというものでも、工場で大量生産できなければ使えない。
通常、一人の研究員が同時に複数の開発に取り組むが、2016年のある時期のことである。川馬が率いる飲料・ゼリー開発グループは、「inゼリー プロテイン10000」の前身となる商品の開発に取り組んでいた。開発の前年頃からタンパク質の補給が、一つのトレンドとして注目され、他社も開発に着手し、森永もベースとなる研究を続けていた。
ゼリー飲料は腹持ちが大事だ。お客のニーズは腹持ちするものを、手軽に取りたいところにある。従来品の「inゼリー プロテイン5000」の内容量は180gだが、新製品は120gにする。しかもタンパク質の量は、従来品の倍の10000mgと決められた。当然、開発の期間もあらかじめ決められている。
開発の要を簡単に言うと、ペプチドというタンパク質を細かくしたものを10000mg、120gというコンパクトな内容量の中にどのように含有するのか。風味が良いとはいえないペプチトをいかに美味しくするか。食感もつけなければいけない。タンパク質の濃度が高まると、工場生産にも負荷がかかる。それもクリアする。
16年当時では、過去最高難度の製品開発であった。開発は一進一退を続けた。「なんとかできんのか!?」当時の社長からも檄が飛ぶ。発売日は決まっている。スケジュールはタイトだ。異例の事態に過去にゼリーの開発に携わった研究員が集められた。川馬は部下となるそれら研究員を、シャッフルして3つのグループに分け、互いに情報交換しながら開発を進めた。
“やってみなければわからないじゃないか”
「いっぺんこれまで築いた仕込みをバラして、ゼロから作ろう」とは言っても、これまでの開発で味を整え、食感を付けている。ある程度組んだものは壊しがたい。
研究所の仕事なので、材料名等は機密厳守なのだが。仮にその原料をAとしよう。まずは“当たりづけ”と言って、その物質が使えるかどうか、試してみる。作ったものを研究員が試飲した段階でAはあまり芳しくなく、使わないほうがいいと思われていた。ところがある研究員は「Aをもう一回、試してみましょう」と主張した。
「でも、Aはこれまでの結果で使わないほうがいいとなったんだよ。開発に時間がない中であえてそれをやる必要があるのか」他の研究員が異議を挟む。時間がない中であえてそれをやるかどうかがポイントだった。
「でも前とは条件も配合も変えているし、試してみる価値はあると思うんです」そして、その研究員は実際にやってみた。すると結果が出たのだ。研究の過程で他にもブレイクスルーがあり製品は完成したが、全体の3〜4割はこのAという原料が貢献している。川馬はAを発見した部下の研究員をこう評する。
「先輩がこう言ったから、今までがこうだったから、そんな話を素直に受け入れるタイプの研究員だったら、試さなかったでしょう。自分が組んだのは新しい配合だ。“やってみないとわからないじゃないか”そんな気持ちを強く持っている部下だったんです」
ダメ元でもトライする精神こそ、次のステージを開く、それは研究員ならずとも中間管理職にとって、頼もしい部下である。
後編は研究員を束ねるマネージャーの極意を語る。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama