動物のことが知りたい。動物園の興味ある様々な生き物は、どのように飼われているのだろうか。日々、動物に接する動物園の飼育員さんに、じっくりとお話を聞くこの連載。動物園の動物の逸話を教えてもらおうというわけである。
今年開園60周年を迎えた東京都日野市の多摩動物公園。上野動物園の約4倍という自然が残る敷地は文字通り自然公園である。そんな木々に囲まれたた中での極力、柵を排した展示は、野生に近い動物の姿を目にすることができる。
シリーズ11回はボルネオオランウータン(以下・オランウータン)である。日本の園館で飼育されているオランウータンは32頭。うち9頭が多摩動物公園にいる。オランウータンは大型霊長類の中で唯一、アジアに生息する動物。体長はオスが約1m、メスが約80cm。赤褐色や褐色の長くて粗い体毛に全身が覆われる。東南アジアの熱帯雨林は実る果実が少ない。オランウータンはエサの取り合いを避けるため森では単独で生活する。
飼育員の野村星矢さん(27)は、2017年からオランウータンの飼育を担当する。以前はモウコノウマと、家畜のウマを担当していたが――。
野生のオランウータンは、群れずに自由な単独生活
ウマはのんびりと草を食べていますが、オランウータンは頭がいい。「カギを閉めたらチェックするように。カギの掛け方が甘いと自分で外して逃げちゃうから」まず、先輩にはそう言われました。新人の飼育員は試されるのか、オランウータンは不機嫌な時に、ツバを吐いてくる。こちらが無視して作業をしていると、エスカレートして通るたびに毎回ツバを吐くようになるんです。
「オランウータンの意思を尊重してあげて。極力、強制せずに待ってあげなさい」これも、先輩に教えられたことです。同じ類人猿でも、群れで生活するチンパンジーは時に強い言葉を発し、スピード感のある飼育ができるのでしょうが、森では単独生活をするオランウータンは、それぞれの個体が自由に振舞っているといいますか。
「いったいどうしたいんだ?」こちらはそんな感じで接します。オランウータンは考えてから行動することが多い。例えば獣舎の扉を開いても部屋から出ない時は、無理矢理に出すようなことはしません。5分ぐらいして運動場に出るのをじっと待つとか。何事もゆっくりと接する飼育を心がけています。
オランウータンは個体によって、表現の方法が異なります。例えば53才のジュリーは檻から指を出して「触って」と求めてきます。
ずっと以前は檻越しの飼育ではなく、飼育員がオランウータンの中に入り、遊んであげていました。飼育員がオランウータンを抱っこしている写真も残っています。ジュリーはその時のイメージが頭にあるのか。ジュリーの指は長くて硬くてひんやりしています。
ジュリーは開園当時からいたジプシーの長女ですが一時期、飼育員に育てられていて。ジプシーが次女のサリーを出産した後に、獣舎に戻したのですが、成長してからサリーと三女のチャッピーにいじめられました。ジュリーの足の指が曲がっているのは、兄弟のどちらかに噛まれたからなんです。
いじめられた経験から、興奮した時に他の個体を追いかけ回したり、神経質な面はありますがジュリーは子供が大好きです。キキの長男のリキが生まれた時は、赤ちゃんを自分の寝室に持って帰ろうとしたぐらい。
2016年12月に横浜ズーラシアからチェリアが来ましたが、「代理のお母さんはジュリーが適任でしょう」と。ジュリーをチェリアに合わせると、ジュリーはすぐに代理のお母さん役を引き受けよく面倒を見ています。
メスに噛みつくチャッピー、好奇心旺盛なキキ
ジュリーをいじめたチャッピーは、気が強いオランウータンです。飼育員にはビジネスライクで、エサが欲しい時はアヒル口をしてアピールし、噛みつくことはありませんが、他のメスには噛みつく。だから他のメスと一緒に展示場や放飼場には出せません。
でも、チャッピーは繁殖に関しては優秀で、これまで5頭の健康なオランウータンを出産しています。
ちなみに、オランウータンの子供が自立するのは6〜7才で、それまで母親はつきっきりで子供の面倒を見ます。子供が自立するまで母親は発情することなく、出産から次の妊娠までの期間は哺乳類で最も長い。チャッピーも5頭目の子供のアピ(4才)と、寝室で一緒に暮らしいて、展示場でもアピと一緒です。
好奇心が強くて頭がいいオランウータンですが、中でも特にめざといのはキキです。スカイウォークといって、展示施設の高い場所にロープを渡して、木々の茂った別の運動場に行ける屋外施設があって。キキはそこから持ち込んだ長い枝を使い、室内の展示場の蛍光灯を壊すいたずらをしたことがあります。
「その長い枝をちょうだい」いたずらされると困るので、展示場の中に長い枝を見つけた時はそれを指差す。キキは長い枝を持ってきますが、交換条件でエサをちょうだいと。ドングリを与えると殻をきれいに口で割り実を食べ、次が欲しいと殻をこちらに渡します。
オランウータンのエサはキャベツ、小松菜、リンゴがメイン。園内のシラカシ等の葉も食べます。1日に1回、ヨーグルトを与えるのですが、展示場の扉のすき間からヨーグルトを与えていた時、キキにつかまれ展示場の中に引きずり込まれそうになったことがある。オランウータンの握力が200kg以上ありますから。
アルバイトの飼育員は作業中に、キキに靴を取られて。その時はエサと交換に返してもらった。これらは全部、キキのいたずらです。
キキは12年に初産で生まれたオスのリキと、一緒の寝室で暮らしていますが、妊娠して昨年6月に次男のロキを出産しました。またこのロキが――
ロキのこと、長男のリキ、横浜ズーラシアから来たバレンタインとチェリア、オスのボルネオとキュー、そして伝説のオウンウータン・ジプシーの逸話は後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama