【動物園を100倍楽しむ方法】第7回 コアラの飼い方
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動物が大好きで、動物園の生き物についてのいろんなことが知りたい。そこで日々、担当の動物に接している動物園の飼育員さんのお話を、じっくり拝聴しようというのがこの連載。動物園の動物たちのいろんな逸話を教えてもらおうというわけである。
今年開園60周年を迎えた東京都日野市に位置する多摩動物公園。上野動物園の約4倍という自然が残る敷地に、柵を使わない形で動物を展示している。
今回紹介するのはコアラ。多摩動物園コアラ館ではメスのニーナと、オスのコタロウの2頭が飼育されている。いつも木の枝でじっとしているコアラは、目視で体の異変がわかりづらい。ユーカリの葉しか食べない、コアラの食欲が落ちたからといって、好みに合わない葉なのかもしれないし、一概に体調の悪化に結びつけることもできない。ストレスに弱いコアラは、10年ほどで何らかのアクシデントを起こし、急逝する個体も多い。
飼育員の永田典子さんはコアラを担当して5年。何度かコアラの死に遭遇した。担当に携わってから叶っていないコアラ誕生に向け、日々奮闘する。後半はコアラの“死”と“誕生”に向けての物語である。
極度の貧血コアラ
私が担当した当時、飼育していたオスのマックスは、よくアクビをするコアラでした。
ユーカリの状態がイヤなのか。それにしても食べないなと。最後の方は手渡ししても、マックスはつかむのがしんどかったのか。私たちが柔らかい葉を口元に持っていき、食べさせるような状態でした。
食い止める方法があったのではないかと、私たちは死に至るまでの経過を考えます。後から考えると、目のまわりや鼻のまわりが白っぽかったかな、もう少しピンク色でなければいけなかったのに……と、思いましたが。死んだ後でわかったことですが、マックスは極度の貧血でした。だからよく生あくびをしていた。ユーカリの枝を自分でつかめなかったのも、貧血で力が入らなかったからなのか。
治療といっても、コアラには輸血する血液がありません。ユーカリの食べる量や、まめに体重を測り痩せてないかをチェックしたり。糞尿を採取や血液の値、レントゲン検査や体調を崩したコアラには投薬等、獣医さんが考えた対処治療を施して。回復を祈るしかありません。
草食化したオスコアラ
気持ちを切り替え、繁殖に取り組んでいますが、私が飼育に携わってから赤ちゃんの誕生は実現していません。普段は寝ていることが多いコアラですが、メスは発情すると夜間に木から床に降りる回数が多くなります。
「メスが発情したら、そこにオスを持っていけばいい。メスが高いところで待っていて、下からオスがワッと行くんだ」以前の担当者から、そんなアドバイスをもらいましたが、私が扱ったオスはなぜかメスに負けてしまう……。
以前の担当者にコアラ館に来てもらい、マックスのペアリングを見てもらったんですが、オスがメスに行く様子がない。「何だこりゃ、俺の知っているオスとはまったく違う」と、首を傾げていた。ちなみにコアラはストレスを感じるとしゃっくりをする。マックスはミライというメスと交尾中に、ミライがしゃっくりをして。それに驚いたマックスが木から降りてしまったことがありました。
私が期待したのは、名古屋の東山動物園から来たオスのタイチで。3才になったばかりのタイチは、勢いがあると思ったのですが、メスのミライと交尾を試みると……。ミライの母親のミリーの気の強さは有名で、一時名古屋の東山動物園にいた時は、オスたちをビビらせたという逸話があるぐらい。当然、その子のミライも気が強い。
タイチと一緒にした時、ミライがタイチを脅かしに行くと、タイチは怖がり手や口で攻撃をする。もちろん、ミライも負けてない。ひっかいたり噛みついたりして、枝から落ちて私たちがストップをかけた。タイチはそれがトラウマになったのか、その後は交尾の気配がありません。
ある時、2頭を一緒するとミライがタイチに向かって、シャーッと猫が威嚇する時のような声で鳴いている。コアラのオスの声は低くて大きい。ミライはそれを真似するかのような鳴き方です。タスマニアデビルの多摩動物公園への入園に付き添ってきたオーストラリア人の動物園関係者に、ミライの鳴き方を見てもらうと、「オスの真似をして低い声で鳴くのは、もっといいオスを呼び寄せようとしているんだよ」と。
やっぱりタイチとミライは、ダメってことか……と、改めて思いました。草食系のタイチですが、やる時はやるといいますか。今年1月に横浜市立金沢動物園から1ヶ月間、ユイというメスを預かったのですが、年ごろのお嬢さんにタイチが興奮して。
オスが発情すると、胸の臭腺からユーカリの臭いを煎じたような強い臭いを発します。縄張りを主張するために、その臭いを枝に擦り付けるのですが、興奮したタイチは屈んで枝の区分けをしている飼育員の背中に、臭いをなすりつけた。「作業が終わったら、着替えてきます」と飼育員が言葉にするほど、その臭いは強烈でした。
タイチはイケメンで、陽気な感じでよく動くので人気があります。今、タイチは東山動物園にいますが、コアラのメスたちが色めき立っているという噂を聞きましたよ。
ワイルドなオーストラリアコアラ
現在、日本でコアラを飼育している動物園は8カ所、コアラの数はピーク時の半分ほどに落ちています。各動物園が連携をして繁殖のためにコアラの貸し借りを行っていますが、コアラの会議の席では「オスが草食化して気の弱いオスが多く、ペアリングがうまくいかない」という話題が出ました。
その点、本場のオーストラリアから来たコアラは、以前の飼育員が知るオスのコアラのように、野性味があるといいますか。死んでしまいましたが、東山動物園にいたオーストライア産のコアラは、「すごいよォ、パーと木に登ってメスの死角からそっと近づいて、メスの気付かないうちに背後から、ほんとうまい」と、飼育員が語っていた。
タイチとはダメだったミライは今、鹿児島の動物園にいますが、あの気の強いミライも東山動物園に行った時は、着床には至りませんでしたが、オーストラリア産のオスのコアラをすんなりと受け入れたといいます。日本のコアラは獣舎で飼育されている。生息地のオーストラリアではコアラがより自然に近い状態に置かれ、それぞれ個体が好むユーカリの葉をおなかいっぱい食べている。日本のコアラが草食化するのは、その差があるのかもしれません。
今、多摩動物公園のコアラ館で飼育するのは、昨年12月に神戸の動物園から来たコタロウと、今年6月に埼玉の動物園から来たニーナの2頭。コタロウが3才になりニーナは2才、コアラとして成熟しはじめで、ニーナの強い発情を待っている状態です。
コタロウはうちに来た当初はほとんど動かなくて、慣れるまで3ヶ月ぐらいかかった。草食系というか、おとなしいコアラなんです。前任の担当者は、ニーナは勝気なところがあると言っていました。ですからペアリングには一抹の不安があるのですが……。
若い個体が揃ったのですから、是非とも繁殖を実現させたい。コアラの飼育から学んだことを語る前に、赤ちゃん誕生を実現させるまで、コアラの飼育員として私は“未だ修行中の身”という感じですから。
動物園の赤ちゃん秘蔵ショットを公開!
10月31日に生まれたチーターのこども達の写真をご紹介!まだ一般公開されていないかわいい姿をDIME読者に先行公開します!
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama