■あなたの知らない若手社員のホンネ ~横浜市消防局/友岡杏奈さん(27才、入局7年目)~
若手の仕事へのモチベーションを理解することは中間管理職にとって、職場での人間関係を円滑にする必須条件だ。20代も同世代がどんな仕事に汗を流しているのか、興味のあるところに違いない。バラエティーに富んだ職種を紹介してきたこの企画、今回は横浜市消防局の女性特別救助隊員の紹介である。女性の特別救助隊員は全国で4人のみ。横浜市消防局ではその長い歴史の中で、初めての女性隊員である。
シリーズ41回、横浜市消防局 特別救助隊員 友岡杏奈さん(27)入局7年目。特別救助隊とは災害現場に先頭になって突入し、人命救助を最優先の使命とする。屈強な男たちの集団として知られているが、なぜ友岡さんは特別救助隊に志願し、厳しい入隊試験に挑戦し続け、難関をこじ開けて女性初の特別救助隊員になったのか。
今回はフロンティアに挑んだ一人の女性の物語である。
最先頭で人命救助に携わりたい
出身は兵庫県西宮市です。中学2年の職業体験の授業でジャンケンに負けて、残っていた消防署で体験学習をしたことが、この道に入るきっかけでした。救急車で出動する隊員がかっこよかった。指令が入ると人命救助の使命感からキリッと目つきが変わり素早く現場に急行する。
女性でもこの仕事に就けると知り、救急車に乗車する隊員になり、人命救助に携わりたいと、専門学校に進んで救急救命士の資格を取得しましたのですが。
専門学校時代に大規模災害訓練に参加し、被災者役を経験したことが、特別救助隊員になりたいと考えるきっかけでした。被災者役の私に最初に接触してきたのが特別救助隊員だったのです。
救急救命士として、救急車に同乗する救急隊員は、災害現場では遠巻きに待機することになります。それよりも最先端の現場で救命士としての知識も生かして、直接人命救助に携わる、特別救助隊員になった方がいいのではないかと思ったんです。
横浜市消防局を志願したのは、1963年に起きた旧国鉄の鶴見事故という惨事をきっかけに発足した、特別救助隊の発祥の地であること。そして、大都市での災害を想定した人命救助に、チャレンジしたいという思いからでした。
女性には驚異の体力試験
半年間の消防学校で基礎を学び、配属は保土ヶ谷消防署。指揮隊の隊員として火災が起こった現場に出向き、原因を調査したり。「司令、同番地において、木造ゼロ分の2専用住宅一棟炎上中、行方不明者◯名いる模様」とか。火元の家族等から得た情報を、司令課に淀みない口調で無線連絡できるよう、練習をしたりする一方で、消防隊やハシゴ隊も経験させてもらいました。
4階建ての共同住宅の火災では、消火作業の手伝いに従事したり。ガス漏れの現場では5、6階のビルの屋上から、ハシゴ車で十数人を下ろす事例にも立ち会いました。消防車が入っていけない細い道で、活躍する軽自動車のポンプ車に同乗した時は、通報を受け現場に駆けつけると、喉元にナイフが刺さった高齢の男性がいる。直ちに傷病者の胸に両手を重ねて置き胸骨圧迫を開始し、急行した救急隊に引き継ぎました。
「特別救助隊員になりたいです」保土ヶ谷消防署員約150名の中で、女性は私を含め8名でしたが、私は配属当初からはっきりと、そう公言していました。
特別救助隊員になるには、体力試験をクリアしなければなりません。そのメニューは腕立て伏せ2秒に1回が40回以上、握力左右45kg以上、背筋力150kg以上、懸垂4秒に1回が15回以上、20mのシャトルラン95回以上、上体起こし33回以上……。
入局した最初の年は体力試験の基準をまったく満たせず、初めて特別救助隊員の試験を受けたのは入局2年目で、この時はまったくダメでした。指令がない時は署内で、非番の時は市民センターのジムに通ってトレーニングを積んで。特別救助隊員の選抜試験は年に一度ですが2回目もダメでした。
これまで女子の合格者はいないし、無理なのかな、諦めようか……、そんな思いが頭をもたげる時もありましたが、どうも心の中がモヤモヤする。特別救助隊員を目指して横浜に来たのだし、私は諦めが悪いというか、滅茶苦茶負けず嫌いなんですよ。
吉田沙保里選手のようになれる!
「吉田沙保里みたいな女性もいるんだ。友岡さん、キミにできないわけがない!」
そう声をかけてくれたのは係長でした。なぜレスリングの吉田沙保里選手の名前が出てきたかというと、女性で特別救助隊員に合格するのは吉田選手ぐらいじゃないかと、署内で言われていたからで。係長は「同じに人間なんだから、本気で頑張れば絶対に吉田選手のようになれるはずだ」と。
実際にトレーニングの甲斐があって、腕立て伏せや懸垂の回数も上がってきたし、背筋力もついてきた。体力試験の結果が徐々に上がってきたのを見て、署内の上司や先輩や同僚は応援の声は高まっている。中には試験に落ちて悔し涙を流している私を目にして、「頑張ってトレーニングしているのを見ていたし、悔しい気持ちはわかるよ」と、もらい泣きしてくれた先輩もいました。
もう少し頑張ったら、特別救助隊員になれるかもしれない、そんな思いでトレーニングに励んでいる時でした。ある日、署内で懸垂の練習をしようと、鉄棒に飛びついた時でした。
痛っ!
ゴキッと音がして、右肩に猛烈な痛みが走った。病院で診察した結果は右肩の脱臼。
「骨が削れているので、手術をしないと厳しいですね」
医師にはそう告げられたのです。
右肩の脱臼、手術が必要、誰が聞いても致命的な怪我だと判断できる。が、友岡さんの負けず嫌いはハンパではなかった。大ケガを克服し、屈強な男でも体力的に難しい特別救助隊員の選抜試験を、彼女はどのようにクリアしていくのか。その詳細は後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama