【動物園を100倍楽しむ方法】第4回 モグラ
動物が大好きだから、もっと動物園の生き物について、いろんなことを知りたい。動物園の生き物のトリビアを周りの人たちに教えて、一目置かれたい。それには動物園の飼育員さんに聞くのが一番だと考えたのが、この企画である。動物園の動物のいろんな逸話を、飼育員さんに教えてもらおう。
東京都日野市に位置する多摩動物公園は、上野動物公園の約4倍という豊かな自然が残る敷地に、できるだけ柵を使わない形で動物を展示している。今回、取り上げるのはモグラである。多摩動物公園にログハウスのような展示施設、「モグラのいえ」が開設されたのは15年ほど前。現在、11頭のモグラが飼育展示されている。
扉を開くと中は20畳ぐらいのスペースだ。部屋の中央に配されたテーブルの表面の透明なアクリル板の中には、山砂が詰め込まれ、それぞれ区切られた“モグラの寝ぐら”になっている。そこから伸びるプラスチック製の網のトンネルが、天井に張り巡らされ、巣から出たモグラは網のトンネルを伝い、バックヤードにあるプラスチック製の給餌のケースまでの間を動き回る。来園者はテーブルの透明なアクリル板越しにモグラの巣を観察し、天井の網目のトンネルを伝い、給餌のケースに移動するモグラを見ることができる。
11匹のモグラが交わることはない。それぞれ個別の巣穴と移動のトンネルと、給餌のケースが用意されている。
動物園のシリーズ第4回目、お話を聞かせてくれたのは、モグラの飼育を担当する熊谷岳さん(41)である。
「モグラといえば、ヘルメットをかぶり工事をしているイラストが頭に浮かびます。日本人はモグラに親しみを持っていますね。モグラは身近にいる動物ですが、普段は地中で生活している、目にすることができない動物でもあります。それを展示できているのは意味があることではないかと」と、語る熊谷さん。熊谷さんはエサに改良を加え、モグラを長生きさせることに成功した飼育員さんである。一体どんな改良を編み出したのだろうか?
僕はもともと保育士で、保育園で臨時の職員をしていたのですが、水道局に勤める父親が、「ちゃんと就職したほうがいい」と。都の職種をリストアップしてくれて、当時は建設局の中に「動物飼育」がありました。
埼玉の田舎で育った僕は、子供の頃からイヌやネコ、ニワトリ、ウサギ等々、いろんな動物を飼っていたと、採用の試験の作文に書いたことが、評価されたのかもしれません。最初は井の頭自然文化園水生館で、希少種のミヤコタナゴ等の飼育を担当しました。多摩動物公園を希望したのは、大型の動物の飼育を担ってみたかったからで、入庁して2年後にそれが叶いました。
異動して、いきなりアジアゾウとアムールトラを担当しました。猛獣なので「鍵だけは忘れるなよ」と、鍵の管理は徹底して言われましたね。で、アジアゾウを9年、コアラとオオカミも担当して、アムールトラの飼育は今も続いています。
モグラの担当になったのは5年ほど前でした。もともとモグラは、園内の興味がある飼育員が集まり、20年ほど前から展示をはじめたもので。多摩動物公園では西日本に分布する体長12.5〜18.5cmのコウベモグラと、東日本に分布する体長12〜15cmのアズマモグラと、2種類を飼育展示しています。
モグラの飼育は面倒臭そうだ…、担当が決まって最初にそんな印象を持ちました。モグラは年単位で生きる個体が少ない。飼育が難しい特殊な動物だと聞いていましたから。確かに僕が担当になった当時は、8割方のモグラが1年以内に死んでいたんです。
ですから、展示の個体を維持する心配が常にありました。アズマモグラはすべて動物園内で採集します。
園内を探し回り、土が盛り上がっているモグラ塚を見つけると、掘り返してモグラのトンネルにトラップを仕掛けて。トラップに掛かったモグラを長時間そのままにすると、衰弱してしまうで、動物園の近くに住んでいる僕は、夜の12時近くに園内に仕掛けたトラップを見て回りました。誰もいない夜中の動物園は怖かったですよ(笑)。
■モグラの食生活を改善!
しかしなぜ、モグラは長生きしないのだろうか。野生のモグラはミミズや昆虫の幼虫を主な食べ物にしていますが、動物園ではミールワームといって、ゴミムシダマシ科の幼虫を食べさせています。モグラは大食漢で胃の中に12時間以上、食べ物がないと餓死してしまうといわれていて、丸々と太ったミールワームを食べ放題にさせていた。モグラも喜んでミールワームをバクバク食べていたんです。
よく観察していると、中にはあまりミールワームを食べないモグラもいて、その個体は長生きをしている。なんでミールワームを好物にしているモグラは短命なのだろうか。そこで死んだモグラを解剖すると――
そのほとんどが脂肪肝だったのです。肝臓に脂肪がたまり、バタバタ死んでいる。他の哺乳類であればオーバーカロリーになっても、お腹に脂肪がついたりしますが、モグラの場合はオーバーしたカロリーが、すぐに肝臓に溜まってしまう。モグラは脂肪の蓄積能力が極端に低いことがわかってきたんです。野生ではいっぱい食べても、穴を掘る重労働でエネルギーを使っているのでしょう。
<閲覧注意> 次のページには刺激の強い画像があります。お食事中の方は閲覧をお控えください。
これがモグラの好物、ミールワーム
モグラの早死は高カロリーのミールワームをお腹いっぱい食べていることが原因だ。よし、エサを替えようと試みたのですが、モグラは視覚がないから、とにかく慎重な生き物なんです。しかもミールワームは美味しいと刷り込まれている。モグラはミールワーム以外のエサをなかなか食べてくれなかった。かくなる上はゴミムシダマシ科の幼虫、ミールワーム自体を改良し、こんなまずいのは食べたくないと、ミルワームに対するモグラの嗜好性を下げるしかありません。
それまでミールワームにペレットを与え、プリプリに太らせていたんですが、ペレットを止め、乾燥したニンジンやパンを与えてみたんです。さらに徐々にエサを減らしてみると、最終的にほとんど与えない状態にしても、低めの温度で乾燥したところで飼えば、ミールワームは死なないことが分かってきました。
こうして栄養価の少ないカスカスにやせ細ったミールワームを、モグラに与えると、さすがにモグラも嗜好に合わないのか。代わりに用意した細切りにした馬や牛のハツ、低タンパク高カロリーで、体にいいとされる昆虫のコオロギやバッタ等のエサに、口をつけるようになりました。
モグラの状態を見ながら徐々に食生活を改善して、ミールワームのみのエサから、バランスのとれた今のエサに替えるまで、2年ほどかかりました。
今では8割がたのモグラが死んでいたのがウソのように、安定的に飼育ができるようになって、モグラは長生きするようになりました。食生活の改善が功を奏したんです。
モグラの長生きに成功すると、モグラのことがこれまで以上にわかってくる。熊谷飼育員が語るモグラとはどんな生き物なのか。個体別のモグラの性格とは、さらに飼育員として次に目指す目標は何か――、それらについては後編で。
【動物園の赤ちゃん秘蔵ショットを公開!】
6月29日に誕生したボルネオオランウータンの赤ちゃん。母親のキキは17歳、2007年6月に来園しました。2012年に初出産、6年ぶり2回目の出産です。キキはベテランお母さんぶりを発揮し、落ち着いて面倒を見ています。父親のボルネオは1998年9月来園の33歳です。赤ちゃんの名前はロキ、ラキ、トゥキ、パギ、チョキと候補に上がっていますが、来園者の投票で7月中には決まります。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama