【動物園を100倍楽しむ方法】第三回 キリン
動物が大好きだから、もっと動物園の生き物について、いろんなことを知りたい。動物園の生き物のトリビアに興味がある。人が知らない動物園の動物のことを周りに伝えたい。それには動物園の飼育員さんに聞くのが一番だと考えたのが、この企画である。私たちが知らない動物園の動物のいろんな逸話を、飼育員さんに教えてもらおう。
東京都日野市に位置する多摩動物公園は、上野動物公園の約4倍という豊かな自然が残る敷地に、できるだけ柵を使わない形で動物を展示している。今回は多摩動物公園でキリンの飼育を担当する飼育展示課、アフリカ園飼育展示係の齋藤美和さんに、キリンの知られざる生態と、キリンと飼育員さんとのエピソードを聞いた。
キリンは群れで生活をする動物だ。多摩動物公園で現在飼育されているキリンは、15頭と日本の動物園で最も多い。その繁殖数は国内の動物園では第1位の実績がある。
■キリンの繁殖基地
学校で飼っていたウサギやニワトリのお世話をしたり、私は小学校の時から飼育係でした。東京動物園協会のアルバイトから嘱託を経て正社員に採用されて。その間、井の頭自然文化園(以下・井の頭動物園)で、モルモットや小動物の飼育を担当後、ゾウのはな子の晩年の6年間、飼育係を担当しました。
その後、多摩動物公園に転勤になり、最初はコアラ館に2年間。コアラやカンガルーを担当しました。コアラはユーカリの葉っぱを食べますが、ユーカリは500種類ぐらいあり、多摩動物公園では20種類ほど取り扱います。そのうち毎日、8〜9種類の葉っぱをブレンドして与えますが、ユーカリの種類を覚えるのが大変でした。アカカンガルーは飼育しやすかったのですが、アカカンガルーより小さいワラビーのオスはけっこうどう猛で。向かってくるんですよ。「餌を食べさせておけば大丈夫だから」という先輩のアドバイスで、噛まれないように餌を食べている間に、ササッと掃除を済ませていました。
「次はアフリカゾーンだよ」と、上司に告げられていましたが、「担当はキリン」だと。3年前のことでした。
でかいヤツだなー、これは力仕事になるなーと、思いましたね。
「うちはキリンの繁殖基地だ。それを絶やしちゃいけないよ」それは最初に班長に言われたことでした。うちのキリンの繁殖数は日本の動物園で第1位です。昨年10月から、5頭のキリンが生まれています。日本で飼育されているキリンは160頭ほどですが、うちで誕生した個体が、日本中の動物園にお婿にいったりお嫁に行ったり。多摩動物公園は日本の動物園のキリンの重要な供給源になっています。
今年4月に網目模様がきれいなアオイが、ジャックというオスを産んだ時の最初の対応は、たまたま私が一人でやりました。キリンの妊娠期間はおよそ450日、出産予定日を12日過ぎて、もうそろそろだなと気にしながら作業をしていると、運動場で破水がはじまりまして。アオイを産室に誘導し、獣医と班長に報告をして。アオイは高齢出産でしたが、これまでに4回子供を産んでいるベテランお母さんなので、慣れたものでした。
今でこそキリンも私に慣れていて、出産も一人で立ち会えますが、担当した当時は「えっ、あんた誰?」という感じでした。病気を出さずに、繁殖行動を絶やさないためには、何よりキリン舎を清潔に保つことが大切です。エサは木の葉っぱと牧草、生のクローバーが主です。キリンの成獣は2cmほどの粒状のフンを1回に200〜300歩きながら排泄します。運動場内のいたるところに撒き散らされた15頭分のものを掃いて集めて掃除は大変です。1日、5時間近く室内や運動場の掃除をしていますが、一輪車で何回も運ぶことになります。
ゾウやチンバンジーと違い、キリンは檻越しではなく同じ空間に入り作業をします。「私、サイトウです!サイトウ、ここにいますよ!」と、最初の頃は大きな声をかけ作業を始めたのですが、午後に運動場の掃除をしていると2〜3才のキリンが、新人の私に興味があるのでしょう、近づいてくるんですよ。
■「気合だよ、齋藤さん」「コラッ!」
キリンは温厚な動物で、メス同士がけんかをすることはありません。私が他に担当するオリックスやシマウマは、弱い個体を追い回したり、エサを奪ったりしますが、キリンはそういうことをしない。多摩動物公園ではキリンと飼育員の間での事故は、これまで一度もないと聞いていますが、なにせキリンは大きい。4月に生まれたジャックで、もう2m以上ありますから、2〜3才のキリンは4m近い。
中でも2才ほどのヤンチャ盛りのユリネというメスが私に寄ってきた。「相手にしないで、逃げてね」と、先輩に言われていますから、無視して離れてもユリネは追っかけてくるんですよ。一度なんかせっかく集めた一輪車のウンチを足でひっくり返えされて。
「先輩、何とかしてください!」最初の頃、ユリネが近づいてきてどうしようもない時は、助け舟をお願いしていました。
室内の飼育舎から運動場に出す時、ユリネがもたもたしていると「コラッ!」班長が大声を出せば、ヒェ〜って感じでユリネは言うことを聞く。
「気合いだよ、斎藤さん、もっと気合いを入れて」と、班長にアドバイスされまして。運動場での作業中に近づいてきたユリネに、気合を込めて「コラッ!」と怒って、怖い顔をしたのですが、ユリネは全然逃げる気配がなくて。ところがある日のことです。キリン舎の運動場で作業をしていると、またユリネが近づいてきた。
また来たよ……。私は憂鬱な気持ちになっていたんです。すると突然、アミというメスのキリンがドンと、後ろからユリネに体当たりするように押してくれて。ユリネはハッと気づいたような仕草をして逃げていった。
「アミちゃん、ありがとうね」声をかけたのですが、アミはこちらを見もせずに、私を見張るように静かに立っているだけでした。ユリネが私に寄ってこなくなったのは、そのことがあってからです。
アミは幼いキリンの面倒見が良く、時には乳母のように、そばにいてくれると先輩から聞きました。もしかしたらキリンとは比べ物にならない、小さい私のことを幼い子供と思って、守ってくれたのかもしれません。
普段は群れから一歩引いて、ポツンといるようなアミは当時、9才でした。それまで子供を授かったことがなかったアミですが、11才になった時に、彼女はついに子供を産むことになったのです。
なぜ、アミは長年、子供を授からなかったのか。なぜ妊娠したのか。齋藤さんを困らせたユリネはどう成長していくのか。そして長老キリンに起こった悲しい出来事とはーー。
動物園の飼育員が感じた死生観等は後編で。
2018年4月19日に生まれたオスの「ジャック」とお母さんの「アオイ」。
多摩動物公園では182頭目の繁殖です。写真は生後1ヶ月程度のものですが、ジャックの頭の高さは2m近くあります。生後1ヶ月ほどは3時間ごとに、お乳を飲みに母親の元に行きます。エサを食べるようになるのは、誕生から3週間ほどして。もちろん大人と同じエサで、離乳食などありません。シャックはまだ、夜はお母さんのアオイと一緒の室内キリン舎で過ごしています。
後編に続く
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama