動物園の生き物はどんな飼い方をされて、どのように繁殖されているのか。動物のことをもっと知りたい。日々、動物に接する動物園の飼育員さんに、じっくりとお話を聞くこの連載。動物園の動物の逸話を教えてもらおうというわけである。
今年開園61周年を迎えた東京都日野市の多摩動物公園。上野動物園の約4倍、52.3haの広さを誇る、文字通り自然公園である。極力柵のない展示は、野生に近い動物を観察できる。
シリーズ14回は育雛といって、孵卵器でトリの卵を孵化させ、雛から成鳥まで世話をする、園内の野生生物保全センターの施設の物語である。
動物園は動物を展示するだけでなく、野外の動物を守る取り組みもしていることに感銘し、飼育員になった石井淳子さん。時には師匠と尊敬する年配の飼育員にアドバイスをもらい、保護された飛べないクロツラヘラサギのオスを使った繁殖に成功。佐渡トキ保護センターから預かった、トキの繁殖に取り組んでいるが、生息地と動物園とでは自然環境が違う。それが原因で繁殖時に不可解な行動をとるトキ、どのように対処しているのか。
クチバシで叩くヒナの“缶切り行動”に親が……
多摩動物公園のトキの飼育歴は40年以上と長く現在、9種類の世界のトキが飼育されています。佐渡トキ保護センターから預かったトキは、3月下旬頃に3〜4個産卵し約1ヶ月、メスとオスが交互に抱卵します。ヒナは孵化できる状態が整うと、「クチバシ打ち」といって、卵の中から殻をクチバシでカツカツと叩く、缶切りのような行動をするんです。
ところが、ヒナの缶切り行動がはじまると、動物園のトキの親は暇なのか、ストレスからなのか、あるいは子供を心配するあまり世話を焼きすぎるのか。親が卵を外側から突ついて卵の殻をむいてしまうんです。
ヒナは孵化する直前に黄身を吸収します。生まれてきた時には、お腹にお弁当がある状態で、数日間は餌がなくても平気なんです。でも、トキの親が殻から出るのを手伝ってしまうと、黄身を十分に吸収することができずに孵化してしまい、未熟児で生まれたり、黄身が割れて雑菌が入り、それを吸収したヒナが死んでしまったりすることがあります。
なので、孵化が近づくと親が殻を突っつく前に巣から卵を取り出し、孵卵器で孵化させヒナは人工育雛しています。自分で餌が取れるまで育てると、佐渡トキ保護センターに毎年、4〜10羽のトキの幼鳥を返していたのですが。
佐渡では放鳥のトレーニングをして、数年以内に多摩動物公園で誕生した個体を放鳥します。ところが他の個体と比べると、動物園で人工育雛して放鳥したトキは、ヒナを産み親になる確率が低い。逆に親が抱卵して孵化させ育てた、自然な形で成長した個体は、放鳥後に親になる確率が高いのです。
動物園育ちも自然の中でヒナを産み、親になってほしい。そこでトキが動物園での生活の中で暇を持て余したりせず、ストレスを軽減させるような工夫をしようと。トキに生きたドジョウを与えているのも、その試みの一つです。野外でも生き餌を捕るトレーニングにもなります。
今はギリギリまで待って、親がクチバシで卵を突っつきはじめたら取り上げています。佐渡トキ保護センターからトキを預かって11年目の今年、抱卵したトキの親のお腹の下で、はじめてヒナが孵化しました。一歩前進です。
ガンとカモは似て非なるもの
ガンはカモ科でカモより大きいですが、見た目にガンはカモに似ています。どちらも水辺に生息し冬に渡来する。ヒナも似ていますが、ガンとカモを一緒に飼うことはできません。ガンは草食性で湿地や水田で草をバリバリと食べる。一方、カモは沼や池で草も餌にしますが、魚を捕ったりする。カモの餌にはトキ用の魚粉のペレットも与えています。
共通した餌は入手しやすい小松菜で、ガンはバリカンのようなクチバシで、そのまま食べます。カモは小松菜を刻み浮き草のように、水場の水に浮かばせ食べさせます。
「ヒナが似ていても、ガンのヒナにカモのような餌を与えると、体重が増え過ぎて足が曲がったり、成長異常が起こる」師匠の大先輩の飼育員には、そんな助言をもらっていました。ところが、私がガンのヒナを成鳥に育てる人工育雛した時、餌をやりすぎて足が曲がってしまった。足の曲がりは途中で餌を替えれば治りましたが。
ガンのヒナは餌の栄養が高いと、翼が早く伸び筋肉が羽を支えきれなくなって、飛べなくなることもあると、それも師匠のアドバイスでした。私はヒヨコ用の餌をバランスよく与えたつもりだったのですが、その餌が多すぎたのか。
失敗から学んだものは何だったのか。
ガンのヒナは早成型といって孵化した翌日から、親の後に付いて歩き餌を食べますが、人工育雛なのでヒナが付いて歩く親はいません。「餌のない時間を作れば、お腹が空くからヒナが動いて運動量が増える」とは師匠の言葉でしたが、ヒナが自由に動き回るには、育雛舎は狭かった。
結果的に私が育雛したガンは、私が思っていた以上に高繊維、低タンパクの餌でよかったんです。今、その時のガンは展示場にいますが、翼が変な形になってしまった。餌のやり方で鳥に一生のハンデを負わせてしまったわけで……。
そのことで私が学んだことは、人間でも胃腸が強い人とそうでない人がいるように、同じ種類の鳥でも、個体によってそれぞれ異なるということ。
最終的には、その鳥に合わせたサジ加減が必要なんだなと実感しました。では、サジ加減を判断するにはどうしたらいいのか。
私たちは得てして、自然の生息環境に合わせた方がいいと考えがちです。例えばガンの仲間の巣は水辺で、親は泥だらけの卵を抱いてヒナを孵します。ガンの仲間の卵は汚れていても大丈夫だと私は思い、泥だらけの卵を孵卵器に入れたんです。そしたら卵が腐ってしまった。
「殺菌が入るから卵は洗った方がいい。卵の身になって考えたら、そんな泥だらけの卵は嫌だろう」それは口数の少ない師匠の言葉です。そして、「鳥の気持ちになってみなよ」と、諭されました。
鳥の気持ちになってみるーー、それがそれぞれの鳥に合ったサジ加減を判断する大切な視点です。それを肝に銘じて日々、鳥と接しているのですが。
私には3歳になる男の子がいます。先日も子供が下痢をして“ヤバイ、どうしよう〜!!”と、アタフタした。飼育で肝に銘じていることが、果たして自分の子供の子育てに生かされているのか。ふと考えさせられる時があります。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama